第八一話「訓練所では何かが起きていた」
ライヒナー候と別れてから、市場でその他必要なものを買い込んでいった。お陰で俺もレーネもマジックバッグが容量一杯になるほど入ってしまった。
「次に商船が来るのは半月後予定と言っていましたね」
「まあ、隣国とは言えグロースモントはそれなりに距離があるからな。あの船でも航海には日数がかかるんだろう」
自宅への道を歩きながら、俺とレーネは海外取引の今後について話していた。
ゴルトモント王国の王都グロースモントは港町でもあり、多くの船を保有していると聞いたことがある。もしザルツシュタットの港が今後増築されていくことがあれば、重要な取引先となることは間違い無いのだ。であれば、貴重な材料が手に入る可能性も十分にある。
「まあ、一先ず俺たちは依頼の品を創ろう。スタンピードに備えないとな」
俺たちに出来ることは、スタンピードに立ち向かう兵士たちへの支援だ。レーネの回復薬と俺の〈金剛の魔石〉ならば、十分役に立ってくれるだろう。
「そうですねぇ……、それなんですけど……」
「……なんかあるのか?」
何やら不安そうなレーネの様子にただならぬものを感じ、俺は足を止めて彼女へ問うた。
「はい。もし、スタンピードが南下してきた場合、軍の皆さんで止められるんでしょうか?」
「それは……まぁ、その為にあの数の軍人が居るんじゃないのか?」
レーネが不安になる気持ちも分かるが……そりゃ、優秀な兵士も居ればそうでない兵士も居る。だが玉石混交とは言え軍は軍だ。魔物に相対したことがあるなど、それなりに修羅場は潜っている者が多いだろう。
そう説明してみたが、レーネはかぶりを振った。どうやら俺の答えは彼女の期待するものでは無かったらしい。
「違うんです、リュージさん。普通の魔物であれば戦い慣れた方もいらっしゃるとは思います。ですが……今回はあの邪術師がスタンピードを率いている可能性があります。となると……」
「……魔晶で魔物が強化されている可能性もある、か」
「その通りです」
今度は合っていたらしい。レーネが頷いた。
成程、あの金色の魔物が現れれば厄介極まりない。何しろ魔術が殆ど効果を為さなくなる上、再生能力も保有しているからな。そうなれば有効な攻撃はレーネが持っているような爆薬になる。
「……爆薬も創っておいた方が良いのでしょうか?」
「まあ、それも一つの手段だが、他にも考えておいた方が良いんだろうなぁ。次の納品時ホフマン公爵閣下に相談するか」
その場では結論を出さずに、自宅へ辿り着いた俺たちは各々の作業を始めたのだった。
そうしてベルに仕事を教えつつ依頼の品々を創りきった俺たちは、七日後、再び納品の為に領主の館に併設された軍の逗留所を訪れていた。
「……何やらバタバタしているな」
「そうですねぇ……きゃっ!?」
「おっと、すみません!」
廊下を歩いていたら正面から駆けてきた兵士とレーネがぶつかりそうになったので、すかさず俺が肩を抱き寄せて回避した。まだ若いその兵士は、ホフマン公爵閣下の剣を受け止めた事で有名になった俺たちのことを知っていたのか、平謝りしてから去って行った。
「施設全体が随分と慌ただしい様子ですが、何かあったんですか?」
「いえ、私も存じ上げません」
俺たちを案内してくれている兵士の方に理由を聞いてみたのだが、知らないようだった。ま、仕方無いか。閣下に聞けば教えてくれるだろう。
そう思いながら近衛騎士団長、つまりホフマン公爵閣下のお部屋を訪れたのだが、不在だった。
「あれ? この時間であれば団長はいらっしゃる筈なのですが……緊急の用事でも入ったのですかね……?」
案内人は戸惑っている。スケジュール通りならば居る筈なのだろうが、彼は何も聞いていないらしい。
「もしかして訓練所かな……? でも、おかしいですね。そういった時は副官の方が残られると思うのですが……。ちょっと見てきます」
「あ、俺たちも一緒に行きます」
ここに残されても案内人が居ないと不審者として扱われかねない。そりゃ、〈大金剛の魔石〉の件で有名にはなったけどさ。
案内人の後を追い、訓練所へと向かう。相変わらず廊下はバタバタしており、兵士たちが慌ただしく行き交っている。こりゃ本当に何かあったんだろうな。
「……え?」
訓練所に近付いた時、レーネが何かに気付き、耳をそばだてた。どうやらエルフである彼女にしか聞こえない何かがあるらしい。
「……これは……誰かが戦って……? 場所は訓練所ですけど、訓練じゃない、怪我人も居る……?」
彼女の呟きには、端々から気になる言葉が飛び出している。訓練じゃない、というのはどういうことか。
そして案内人が訓練所へと続く扉を開けた時、俺はそれが何の事かを理解することになった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




