↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/209

第八二話「それは紛れもなく腕だった」

「…………腕(うで)?」


 俺の感想はそれだった。腕。巨大な金色(こんじき)の太い右腕が宙(ちゅう)に浮(う)いているのだ。それを繋(つな)いでいる胴体(どうたい)の姿(すがた)は無い。


 〈腕〉の長さは上腕(じょうわん)、下腕(かわん)を合わせて五メートルはあるだろうか。その〈腕〉に向かって〈鋼鉄公(こうてつこう)〉を始めとする精鋭(せいえい)たちが、剣と大盾(おおたて)を持ち対峙(たいじ)している。なんとも奇妙(きみょう)な光景(こうけい)だが、これが施設(しせつ)内を慌(あわ)ただしくしていた原因か。


 そして、周(まわ)りには兵士たちが倒(たお)れている。幸(さいわ)いにして大した怪我(けが)も無さそうだが、一体全体何が起こっているのか。


「こ……、これは一体……?」

「貴方(あなた)は下がってください! 俺たちは加勢(かせい)します!」


 理解(りかい)が追い付かずに呆然(ぼうぜん)としていた案内(あんない)人へそう告(つ)げ、俺はレーネと顔を見合(みあ)わせて頷(うなず)き合い、杖(つえ)を手に〈鋼鉄公〉の下へ駆(か)ける。


「閣下(かっか)! 加勢に参(まい)りました!」

「リュージ!? それとレーネも!? 何故(なぜ)ここに!」


 〈鋼鉄公〉は驚(おどろ)いていたが、身体は〈腕〉の方に向けたまま、視線(しせん)だけをこちらに送っている。なんとも器用(きよう)なものだ。


 と、その隙(すき)を突(つ)いて〈腕〉が斜(なな)めに持ち上がり、横薙(よこな)ぎの攻撃を繰(く)り出してきた。しかし攻撃範囲(はんい)ギリギリの距離(きょり)に立って居(お)られた〈鋼鉄公〉は難(なん)なくそれを躱(かわ)した。〈腕〉はそのまま元の位置(いち)へと戻る。


「丁度(ちょうど)納品(のうひん)の為(ため)に参(さん)じた所だったのです。アレは一体何なのですか?」

「……北へ送った偵察隊(ていさつたい)が一部戻(もど)ってきたのだが、その中で、邪術師(じゃじゅつし)に操(あやつ)られた者が居たのだ。其奴(そやつ)が召喚(しょうかん)した」


 悔(くや)しそうにそう語る〈鋼鉄公〉が右手の剣で指(さ)した先、〈腕〉の近くには、両手をだらしなく下げ、俯(うつむ)いたままに立ち尽(つ)くす兵士の姿(すがた)があった。


「……あら、その声は付与術師(ふよじゅつし)リュージかしら?」


 その俯いている男性兵士の口からは似(に)つかわしくない、女性の声が零(こぼ)れた。この声は――


「……アデリナか!」

「ええ、ええ、そうですわ。失礼にも私を陰(かげ)から覗(のぞ)いていた兵士が居たものですから、こうして身体を奪(うば)っておきました」


 以前のレーネと同じように操っているのか。あの兵士は傷つけずに戦わねばならないし、厄介(やっかい)なものだ。


「邪術師アデリナよ、この腕は何だ。答えろ」


 〈鋼鉄公〉がそう問い詰(つ)めると、男性兵士の口からは心底(しんそこ)馬鹿(ばか)にしているような、盛大(せいだい)な溜息(ためいき)が漏(も)れた。男性の外見に女性の声なのでギャップが凄(すご)い。


「傲慢(ごうまん)な物言(ものい)いですわね、ホフマン公爵(こうしゃく)。……まあ、良いですわ。これは邪神(じゃしん)アブネラ様の御腕(おんうで)です」

「邪神の、腕だと……!?」


 予想だにしなかった代物(しろもの)に、〈鋼鉄公〉だけでなく他の面々(めんめん)にも動揺(どうよう)が走る。何故邪神の腕などというものがここに顕現(けんげん)しているのか。


「……ああ、もちろんアブネラ様の御腕を複製(ふくせい)したものですが、それでも貴方(あなた)がたを蹂躙(じゅうりん)するには十分すぎる御力(おちから)を持っていますわ」


 アデリナの言う通り、複製にしても強大な力を持っているだろう。どう戦えば良いのか想像すら付かない。


「果(は)たして多くの魔晶(ましょう)を使って喚(よ)び出した〈神殺(かみごろ)し〉の力を持つ御腕に対抗(たいこう)することは出来(でき)るかしら? 直接この目で見られないのは残念ですが、精々(せいぜい)楽しんでくださいませ」


 そこまで話すと、ふっ、とアデリナの気配(けはい)が消え、操られていた男性兵士が頽(くずお)れた。


「繋(つな)がっていた魔力が見えなくなりましたし、恐(おそ)らくアデリナとのパスが切れたのでしょう」


 レーネはご丁寧(ていねい)に魔力探知(たんち)をしていたらしい。とは言え相手の本体はシュトラウス侯爵(こうしゃく)領(りょう)に居る筈(はず)だ。探知したところで追える訳(わけ)も無いのだが。


「言うだけ言って消えやがったか、まったく、厄介なものを置(お)いていきやがって」


 俺はそう毒(どく)づいたのだが、それはもうアデリナには聞こえないのが難(なん)だ。まあ聞こえたところで愉快(ゆかい)そうに笑われるのが関(せき)の山なんだが。


「閣下、あの〈腕〉は何か特殊(とくしゅ)な攻撃をしてきたりしますか?」


 どうも周りで倒れている兵士たちが気になり、俺は尋(たず)ねてみた。随分(ずいぶん)と〈腕〉から離(はな)れた場所でも被害(ひがい)が出ているようだ。


「あの〈腕〉は不可視(ふかし)の遠距離(えんきょり)攻撃を放ってくる。拳(こぶし)を振(ふ)り上げた後、振り下ろした瞬間(しゅんかん)に飛んでくる」

「……対抗手段はありますか?」

「耐(た)えろ」


 ……なんともシンプルで難(むずか)しい手段だ。俺は躱せるかも知れんが、運動神経(しんけい)に難有りのレーネには荷(に)が重い。


「リュージさん、今、失礼なことを考えませんでした?」

「レーネの運動神経じゃ躱すのは無理だろうなと考えただけだ」

「少しは取り繕(つくろ)ってください……」


 レーネは拗(す)ねているが、取り繕ったところで結果は変わらない。俺が前方で護(まも)ってやるしか無いか。


「余(あま)っている大盾はありますか!?」

「は、はい、ここに!」


 呼び掛(か)けてみたら、若い兵士の一人が苦労(くろう)して大盾を持ってきてくれた。よしよし、これで不可視の攻撃とやらは防(ふせ)げる筈だ。


「って重いな、流石(さすが)に。これだと魔術の行使(こうし)は難しいか」


 大盾と杖を持って魔術で攻撃、というのを考えていたのだが、これだと集中力が保(も)たない。詠唱(えいしょう)にすら入るのは難しい。


「俺が護って、レーネの爆薬(ばくやく)で攻撃して貰(もら)うのが効率的(こうりつてき)なんだが……」

「はい、操られていた方が近くに倒れています。爆薬の使用は危険かと」


 困(こま)ったように眉根(まゆね)を寄(よ)せるレーネ。そうなんだよな、先(ま)ずあそこで倒れている兵士を助けないとどうにもならない。範囲(はんい)魔術すら行使出来ないだろう。


「来るぞ!」


 閣下の声が上がり、すかさず俺も〈腕〉に視線を移(うつ)す。〈腕〉は握(にぎ)った拳を振り上げている。あれが下ろされた時に、不可視の攻撃が飛んでくるのか。


「なら、試(ため)してみるか」


 俺は大盾を構(かま)えつつ、懐(ふところ)のある魔石(ませき)に魔力を籠(こ)めた。


 もしこれが可能だとすれば――俺があの兵士を助けに行くことが出来る筈だ。


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。