第六六話「職人の性って奴なので」
カッテル村から帰還した翌日、俺たちは工房にて通常営業へと戻っていた。
但し大きく変わったこととして、工房の一員としてベルが加わったことがある。俺は実践派なので、すぐに魔石のカッティングをして覚えて貰うつもりではあるが、それにしたって順序がある。今の所は俺の仕事を見て貰いつつ作業の説明をするというフェーズである。
「リュージさん、今良いですか?」
「ん? 良いぞレーネ。どうした?」
俺がベルに魔石作成の工程について説明していると、レーネが割り込んできた。昨日は疲れで些か血色が悪かったが、もう復活したようだった。
「セダムの実について、成分を調べました。結果ですが……幻覚剤と同じ成分が含まれています。依存性については分かりませんでしたが」
ああ、そう言えばレーネが一個もぎ取っていたな。ちゃっかり持ち去っていた辺り、このエルフは根っこではしっかりしている。
「成程、ありがとう。ちなみに邪神との関わりについては調べられるか?」
邪教の祭壇の結界によって生えてきたのであれば、関わりがあって然るべきだ。神を冒涜するような力があるのでは、というのが俺の推測だ。
「はい、それについても魔晶と同じ方法で調べました。結果として魔晶と同じ力を有していることも」
「お、流石。仕事が早い」
となれば、まさかとは思うのだが――
「なあ、あくまでこれは俺の推測なんだが、魔晶を生み出す材料の一つにこの実があるんじゃないか? 魔晶の原材料に人の命があるということは知っているが、単純にそれだけじゃないんじゃないかと」
「私もそう思います。あくまで推測には過ぎませんが、ホフマン公爵閣下にはお伝えする価値があるのではないでしょうか」
ホフマン公爵閣下にお話、か。
そう言えば、レーネにはきちんと邪教の祭壇との関わりを聞いておかねばならない。今の所は閣下も見逃してくださっているが、放っておいて異端審問官が訪れるようなことになるのは避けたい。
「それとですね、祭壇にあったオーブについても調べました」
さてどう切り出したもんかと考えていたら、レーネがもう一つの村で見つけたものについての話を始めた為、俺はタイミングを逸してしまった。
「オーブは鑑定魔術の結果、邪神の力を有する、ということ以外は分かりませんでした。ただ――」
「ただ?」
何やらレーネは一瞬言葉を詰まらせた。その表情に、俺は困惑の他に何か憧憬のようなものを感じていた。
「……何処か、懐かしさを感じました」
「懐かしさ?」
おおよそ邪教の品を調べる時に覚えてはいけない感情だぞ、それは。
「……いえ、気のせいですね、すみません」
そう言って苦笑するレーネだったが、俺は一抹の不安を感じていた。
もしかしてこのエルフの錬金術師は、とんでもない過去を抱えているのではないのかと。
「お? お客さんッスね、あたしが出てくるッス!」
「あ、俺も行く」
俺の頭の中で悪い考えが浮かび上がっていたところ、玄関の呼び鈴が鳴り、ベルが廊下へと飛び出して行ったのを慌てて追い掛ける。この弟子は昨日来たばかりなので、まだ応対の方法とか教えていない。役に立とうと必死なのは嬉しいが、きちんと順序を踏んで貰わないと。
「リュージさん、ベルさんをお弟子さんとして採られたのですね」
「まあ、何時までも二人体制じゃ生産数も追い付かないですからね。それでトールさん、早速ですが、依頼というのは何でしょう?」
工房へ訪れたお客さんは商工ギルドへ職員として出向している役人のトールさんだった。俺たちはまだ知名度がそこまで高くないので依頼数も大手に比べれば控えめだが、商工ギルドからは有難いことに目を掛けてくれているので、こうして直接依頼のために訪問してくれることが多い。
「はい、突然ですがリュージさん、船の構造について知見はありますでしょうか?」
「船の構造……ですか? そりゃ、魔石を使っているケースもあるので簡単な仕組み自体は理解しているつもりですが」
船は帆に風を受け、舵の操作で方向を決め、動力は人力、というパターンが多い。しかしながら、最近では推進力に魔石を使っているケースが多い。魔石を使うことで、人力によるコストを極端に削ることが可能なのは大きなメリットであるからだ。何しろ、船員の分の食糧などを積む必要も無くなるからな。
そういう訳で、大海原への進出にあたり付与術師への期待は高まっているという機運がある。だから俺も、トレンドは逃ないつもりで船の構造についてはきちんと勉強してある。
「はい、まだ口外はしないで頂きたいですが、実はこの度新造船の建造にあたり、お二人の付与術と錬金術を組み合わせ、大きな推進力を得られる魔石を創れないかと相談に参った次第です」
「付与術と錬金術の合作による魔石で、推進力を、ですか……!」
レーネは突然降って湧いた大仕事に驚きながらも、何処か楽しそうな声色だ。かく言う俺も同じ気分だが。職人の性って奴だな。
「ただ、推進力か……ちょっと現状のものより高性能ってのは、魔石を大きくするしか方法は無いかもですね。レーネはどうだ?」
「はい……推進力はちょっと無理かも」
「そうですか……」
あからさまに落胆するトールさんである。推進力ってのはエネルギーとの勝負なので、どうしても力を蓄える魔石を大きくするしかすぐに方法は見つからない。それに大きくした所で、再度力を蓄えるために時間が掛かってしまう。
「ただ、重量を軽減する方向でしたら持って行けると思います。それが結果的に推進力へ繋がるのではないかと」
「お、マジか。それでいいんじゃないか?」
流石は天才錬金術師レーネ。俺の想像の上を行く提案をしてくれた。この辺の理論をすぐに思いつくあたり、凡人の俺が何時まで経っても追いつけない領域と言えよう。
「それは良いですね! お願いできますか!?」
「リュージさんは大丈夫でしょうか?」
「ああ、問題無い。後で理論を説明してくれ。と言う訳でトールさん、その仕事、お受けしますよ」
かくして、俺たちはトールさんから新しい大仕事を受けることになったのだった。
スタンピードは気になる所だが、口外出来ない以上、今はこうして日々の仕事を続けていくしか無いからな。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




