第六五話「可能性は、一歩目を踏み出さなければ現れない」
夜勤の関係上、ちょっと早い更新です!
ホフマン公爵閣下への報告が終わり、俺はすっかり茫然自失しているベルを引き摺って館を後にした。
閣下からは「その村のことについては任せておけ」という言質を取り、依頼料の残りも受け取った。これでカッテル村の後処理は問題無い筈だろう。
「……はっ!? あれっ!? ここは何処ッスか!?」
「ザルツシュタットの中央広場前のベンチだな。公爵閣下との話はとっくに終わったぞ」
ようやく我に返り周りを見回しているベルに、俺は屋台で買った水を差しだした。きっと緊張で喉はカラカラだろう。
「あ、ありがとうッス……。んぐっ……ぷはぁ」
生き返った、とばかりに大きく息を吐くベル。いや、さっきまで魂が抜けかけていたし比喩でも無いかも知れないが。
「カッテル村については、軍が動くらしい。邪神との関わりがあったということだから、あそこの村はタダでは済まないだろうな」
「……そうッスか……」
俺も隣に座り、先程ホフマン公爵閣下と話した内容を淡々と説明したが、ベルはあからさまに落ち込んでしまった。まあ、虐げられていた感があったとは言え、世話になっていた恩義があるのだろうな。
「ベルはこれからどうするんだ?」
「そうッスねぇ……。また、根無し草に逆戻りッスかね……。弓も村に置いてきちゃいましたし……って、もう肩が治らないから、あっても使えないんスけどね」
そう言ってベルは、たはは、と自虐的に苦笑した。怪我の後遺症がある上に資産を置き去りにしてしまったというのは、中々に厳しい状況だ。詰んでいるとも言える。
「以前話を聞いた限りでは、狩人だったが怪我をして復帰出来ない、内職も不器用でこなせない、だったか?」
「はい、そうッス……。村で教えて貰ったお仕事もロクに身に着けられなかったッスからねぇ」
うーむ、そうなのか? でも狩人をやっていたのなら、弓の手入れくらいは出来る筈だが……。
それを聞いてみると、「流石に弓の手入れは出来るッスよ!」という答え。俺は弓の機構も学んだことはあるが、狩人の弓はそんじょそこらの素人が分解して手入れなど出来るものではない。
もしかすると、村がベルに求める仕事のレベルが高すぎたとか、そんな所なんじゃないだろうか?
「なあ、ベル、物は相談なんだが、ウチで働くか?」
「え? どういうことッスか……? 家事かなんかッスか?」
頭の上に疑問符を浮かべ、首を傾げるベル。小間使いは求めてないんだが。いや、居てくれりゃそりゃ有難いが、今欲しい人材では無い。
「いや、魔石のカッティング。簡単に言うと、宝石の原石を磨いて輝かせる宝石職人の仕事」
俺がそう告げてやると、ベルはぽかんと口を開けて固まっていたが、見る見るうちにその顔に焦りと驚きと困惑を表しだした。器用だなおい。不器用って言ってたのに。
「え、えええええええ!? む、無理ッスよ! 不器用って言ったじゃないッスか!」
「大丈夫、ベルなら出来る」
「なっ、何を根拠に言ってるんスか!」
反論するベルだが、俺は彼女ならば出来ると確信している。今は自己評価が低くなっているが、商工ギルドで見せた粘り強い姿勢を俺は覚えているのだ。
「弓の手入れが出来る時点で、俺はベルが不器用だと思っちゃいない。カッティングは器用さの他に腕力やホイールを動かす魔力の扱いも必要だけどな」
「そ、それは慣れてるからで……それに! 肩を怪我してるから、力の要る作業なんて出来ないし魔力なんて扱ったこと無いッスよ!」
「魔力の扱い方は教える。肩の怪我はレーネの薬でたぶん治る。万が一治らなかったら、〈豪腕の魔石〉で身体能力を補助すりゃいい」
色々と並べ立てるベルの逃げ道を次々と塞いでゆく。たぶん、今彼女に必要な事は自信を付けることなのだ。
その為に背中を押してやれば、根性のある筈の彼女はきっと優秀な職人になれるだろう。
「なあ、ベル。そりゃ今まで出来ないづくしだったために新しい事を恐れているのかも知れないが、先ず大事なのはやろうとする意思だ」
「……やろうとする、意思」
逃げ道の無くなったベルは俺の言葉を譫言のように反復した。もう少しで意識の改革が出来るだろう。
「ベルが挑戦したいのならば、俺は協力を惜しまない。何しろ、俺の一人目の弟子になる訳だしな。丁度俺も魔石の生産体制を見直したかったんだ。その為にベルも逆に力を貸してくれるのなら有難い」
「あたしが力を貸すって……出来るんスかね、そんなこと……」
「言っただろう。先ずやろうとする意思が重要だ。それが無ければ出来るも何も無い」
初めの一歩を踏み出さなければ、その先の可能性は無いのだ。かつて自信を無くしていた俺が、『先生』に言われたことでもある。
暫く俯いていたベルだったが、寸刻後、意を決したように俺を見上げた。
その瞳には、先程までは見られなかった小さな炎が見え隠れしていた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




