第六四話「それはそれ、これはこれということで」
ライヒナー侯の館の応接間で、俺とベルの二人はホフマン公爵閣下を待っていた。レーネは疲労が溜まっていた為、一足先にミノリとスズに自宅へと送って貰っている。
「なんだ、ベル。緊張してるのか」
そわそわと落ち着かないベルの様子に、メイドさんが出してくれた茶を啜りながら呑気に尋ねる俺。相変わらずここのお茶は美味い。何の茶葉を使ってるんだろう。それとも容器がビーカーじゃないからだろうか。
「だ、だだだだって〈鋼鉄公〉ッスよ!? リュージさんはなんで落ち着いてるんスか!?」
む、普通の感覚ならそうか。俺たちはもう国王陛下に拝謁までしているので感覚が麻痺しているのかも知れない。
「待たせたな、リュージよ」
「ああ、お忙しい所をありがとうございます、閣下」
ホフマン公爵閣下がドアの向こうから現れたため俺が立ち上がると、ベルも慌ててそれに倣う。ガチガチに緊張しているな、大丈夫だろうか。
「そちらが件の猫人の娘か。お初にお目に掛かる。某はゴットハルト・フォン・ホフマンだ。国王陛下からは公爵と近衛騎士団長の位を頂いておる」
「ひゃ、ひゃい! ベルと申す……申しましゅ!」
……大丈夫だろうか。
「はっはっは、そんなに緊張しなくても良いぞ。まあ座ってくれ、すぐに話を聞きたい」
「はい、失礼します」
「ひゃい!」
取り敢えず腰掛けてから、俺はカッテル村で見たこと、起きたことを詳らかに説明した。その間もベルは不安そうなオーラを隣から放っていたが。
「成程な、邪教の祭壇か。それは捨て置けんな」
「はい。その結界によって畑の作物は力を失い、代わりに依存性のある実を付ける植物が生えてくるようです。その辺りの因果関係は、まあ推測に過ぎませんが」
「他の地域では起きていない現象が、そこでは起こっている。だとすれば因果関係があると考えるのが自然だろう。で、あるが――」
公爵閣下は、初めて見せるような鋭い目つきで俺をじっと見据えた。〈鋼鉄公〉の気迫に、ベルが息を飲む。
……これは、アレか。
「何故、それが邪教の祭壇と分かった? 邪教と判断出来るということは、過去に邪教との関わりがあったと言う事だぞ?」
まあ、そう来るよな。
邪教、邪神との関わりは全ての国家で禁じられていると言っても過言ではない。もし関わりを持った上で無事に逃れた者が居たのであれば、然るべき機関――国家を超えた機関である異端審問局に詳細を報告する義務がある。先日、フェロンと刃を交えた俺たちも、面倒な事ではあったが王都ラウディンガーまで出向いて報告している。
さて、どう答えるべきか。隣のベルの顔が真っ青になっているが、もうちょっとだけ心臓に悪い会話をさせて貰うか。
「閣下、それについてですが、今はお話しすることが出来ません」
「ほう?」
公爵閣下の背中から、殺気が膨れ上がったような気がした。ベルが気絶しかねないので止めて欲しい所だが、ここは俺の回答次第という所もある。
しかしここで臆して半端な回答を返すのは駄目だ。閣下のような性格であれば、攻めの姿勢で臨まなければならない。
「何故なら、その祭壇が邪教のものであると判断出来たのは俺でも無ければここに居るベルでも無いからです」
「………………」
公爵閣下は無言のまま俺へ殺気を向けている。俺でも無ければベルでも無い。と言えば、もう誰が邪教の祭壇と判断したのか答えは出ているようなものではあるが。ミノリとスズは俺の妹たちなのだし。
「それに、今その事は大した問題ではありません。重要なのは、邪教の祭壇があったという事実です。些末な事は後に回して頂けますと幸いです」
「くっ……くくくっ……」
ホフマン公爵閣下は俺を睨み付けていたものの、段々と俯き、含み笑いを上げ始めた。隣のベルはと言うと魂が抜けかけている。帰って来い。
「分かった、分かった。その豪胆さに免じて今その話は置いておこう。全く、邪教との関わりを些末事とはな……。顔色一つ変えず流しおってからに」
「ご厚情痛み入ります」
取り敢えずこの場は気にしないことにしてくれたらしい。が、レーネにはその内きちんと話を聞いておかねばな。
次回は明日の21:37に投稿いたします!