第五六話「大量生産に必要な要素は設備と人員である」
「あの、公爵閣下、宜しいでしょうか?」
「む、何だね」
俺は頭痛を堪えながら弱々しく右手を上げた。ちなみにレーネは早くも遠い目で現実逃避している。戻ってこい。
「先ず、薬はまだしも魔石は大量生産に向きません。いえ、薬も設備が無ければ大量生産には向かないのですが」
魔石の生産に慣れている俺だって、日に二、三個作るのが限度である。品質を追求すれば一個だ。レーネの薬もモノによれば丸一日かかるのもあった筈だ。
それに材料だって無限ではない。無くなれば取りに行かねばならないのだが、それ以前に〈金剛の魔石〉の材料は貴重で、この辺りで採れる訳ではない。手に入れるにはラウディンガーまで行かなければならないだろう。
体力だって使うだろうし、休みも定期的に挟まないと倒れてしまう。時間も材料も身体も有限なのだ。
それらのことを説明すると、公爵閣下は眉根を寄せて御身の額を叩いた。全く考慮されてはいなかったらしい。
「そうであったか……、浅慮であったな。どうも調達には慣れていないものでな。某の不勉強を許してくれ」
「い、いえ、大丈夫です。ですがスタンピードの恐ろしさは重々承知しておりますので、お力添えはしたく思います」
それにもしスタンピードがザルツシュタットへ向かってきた場合、被害を受けるのは俺たちだ。可能な限りの援助はしておくべきなのだろう。
だとすれば俺たちの出来る事と言えば、質の良いものを提供する位だろうか。それであればこの工房では十分に自信のあるものが生産出来ると二人とも自負している。
「いや……一旦この件については持ち帰ろう。お前たちを困らせるのも本意では無いしな。少し分かる者たちと相談してから、改めて話をさせて貰おう」
公爵閣下は御自分の知識不足について心の底から反省しておられるようだった。そこまで気にされるとこちらも気になる。
「ちなみにだが、今後生産体制の見直しについては考えているのかね? 優秀な付与術師と錬金術師が生産数を増やせるというのであれば、これほど嬉しいことは無いのだが」
「それは……すぐには中々難しいですね。この家についても賃貸ですし、設備を整えるにもまずは買い上げる必要がありますので」
おっとレーネが戻ってきた。彼女の言う通りここは賃貸物件であり、しっかりとした設備を用意するのであればそれなりに金が掛かる。俺ならば能力付与の為の窯や魔石カッティング用の大型ホイール、レーネに至っては材料の破砕機や高性能な遠心分離機など……まあ色々ある。どれも賃貸物件で勝手に設置して良いものではない。
それに賃貸物件を買い上げたところですぐに設備が用意出来る訳でも無い。それなりに時間が掛かるものだし、今回のスタンピードではうちでの大量生産を諦めて貰う他には無い。
「成程な……あいわかった。また改めて相談には参るので、今日はここまでとしよう」
「分かりました。お忙しい所をわざわざご足労も何ですので、ご連絡を頂ければこちらから向かいます。どちらにご滞在でしょうか?」
「ああ、兵たちも含めてライヒナー侯爵の館に併設された軍の施設に逗留しておる。生産の件以外でも何かあればそちらへ来て貰えれば対応するぞ」
「承知いたしました、ありがとうございます」
俺とそんなやり取りをして、外で待機していた兵たちを伴いホフマン公爵閣下は去って行かれた。いやはや、疲れてしまったよ。
「リュージさん、兵士さんたちが来るなんて、何かあったんですか?」
レーネと共に外で見送りをしていたら、お隣のダークエルフ少女のラナから尋ねられた。妹であるエルフのレナと共に不安そうな表情で俺を見上げている。
「あー……、ちょっと頼み事をされたんだよ。まあ、まだ受けるとは決まっていないが」
魔物の活性化については秘密なので嘘にならない程度の事だけ話すと、「あんなお偉いさんに頼まれる上にお仕事を選べるなんてスゴい!」と二人からキラキラした瞳と尊敬の眼差しを向けられてしまった。いや、まあ、間違っちゃいないんだが。
「それにしてもレーネ、物件の買い上げについて真剣に考えないといけなさそうだな」
「そうですねぇ……。ちょっと今後の設備増強については二人で相談しましょうか」
唐突に持ち上がってしまった課題について、俺たちは顔を見合わせた後、地面に向かって深い溜息を吐いてしまったのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!