↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/209

第五五話「無茶な依頼に目が覚めた」

 ホフマン公爵(こうしゃく)閣下(かっか)の来訪(らいほう)に俺たちはのんびりしていた空気も吹(ふ)っ飛び、慌(あわ)てて客間(きゃくま)で茶の用意などを進めた。「気にするな」と言われたがそうもいかない。


「ほう、これはナレリー草の茶か。ふむ、摘(つ)みたての香りが良いな」

「あ、ありがとうございます。お詳(くわ)しくていらっしゃるのですね」

「まあ、爵位(しゃくい)を持っていれば必要も無い茶会に招(まね)かれるからな。自然と茶には詳しくなる。そんなことをしている暇(ひま)があるならば鍛錬(たんれん)をしていたいところだと言うのに」

「あはは……」


 茶を出したレーネが顔を引き攣(つ)らせている。まあ、公爵閣下に茶をお出しするなんて体験(たいけん)は初めてだろうからなぁ。ちなみに、流石(さすが)にビーカーではなくティーカップである。


「初めて会った時は寂(さび)れたザルツシュタットなどに工房(こうぼう)を持つなど、と思ったが、今ではすっかり要衝(ようしょう)と呼ばれていた頃(ころ)の姿(すがた)に戻(もど)りつつある。鉱山(こうざん)もお前たちが鉱脈(こうみゃく)を見つけて再開坑(かいこう)へと導(みちび)いたと聞いたが?」

「ご存知(ぞんじ)でしたか。はい、俺とレーネが調査へ向かい鉱脈を見つけました。まあ、大地震(じしん)で勝手に鉱脈が露見(ろけん)していただけですが」


 そう、あの鉱脈は一年前の大地震の所為(せい)で現(あらわ)れただけで、俺たちは偶々(たまたま)運が良かっただけだ。他の誰かがあの廃坑(はいこう)へゴブリン退治(たいじ)に行っていれば見つけていただろう。


「そうだとしても、一度は廃坑(はいこう)となった所だ。わざわざ見つけに行く輩(やから)もおらぬだろう。港の復旧(ふっきゅう)といい、お前たちは天運(てんうん)に恵(めぐ)まれているのだろうな」

「天運……ですか……」


 もしホフマン公爵閣下の仰(おっしゃ)るように俺たちが天運に恵まれているのだとすれば、邪術師(じゃじゅつし)の陰謀(いんぼう)などに巻(ま)き込(こ)まれることも無かったと思うが、まあそれについては今言うことでもあるまい。


「それで、公爵閣下。閣下は近衛(このえ)騎士(きし)団長でいらっしゃると存(ぞん)じておりますが、何故(なにゆえ)にザルツシュタットへいらっしゃったのかお伺(うかが)いしても宜(よろ)しいでしょうか?」


 俺は雑談(ざつだん)もそこそこに、気になっていたことについて尋(たず)ねてみることにした。このお方は騎士団長というだけでなく国王陛下(へいか)の護衛(ごえい)も務(つと)めておられる筈(はず)だ。偶(たま)に王女殿下(でんか)のお忍(しの)びで護衛を務めることもあるようだけど、まさかまた殿下がいらっしゃっているのだろうか?


 公爵閣下は「それについてだが」と口にしてから、茶を一口含(ふく)むと、俺とレーネを交互(こうご)に見据(みす)えた。


「ここより北のシュトラウス侯爵(こうしゃく)領(りょう)で起きていることについて、話しておく必要があるな」

「シュトラウス侯爵領……ですか?」


 レーネが首を傾(かし)げる。シュトラウス侯爵領と言えば、ここライヒナー侯爵領の北に接(せっ)する、文字通りシュトラウス侯が治(おさ)める土地である。正直、侯爵についてはあまり良い噂(うわさ)を聞かないが、ライヒナー侯のように出来(でき)た侯爵というのも珍(めずら)しいのでそこは置いておくべきだろう。


「そうだ。これについては無用な混乱(こんらん)を避(さ)ける為(ため)に今の所口外(こうがい)しないで欲(ほ)しいのだが……シュトラウス侯爵領にある東の森で、魔物(まもの)の活性化(かっせいか)が報告(ほうこく)されている」

「……まさか、スタンピードが起こる、と?」


 スタンピード。それは魔物が活性化し、増加する現象(げんしょう)である。その原因(げんいん)は未(いま)だに不明であるが、多種多様(たしゅたよう)な魔物が集団で行動するようになり、スタンピードの通った土地は蹂躙(じゅうりん)され、滅(ほろ)ぼされる運命(さだめ)である。


 俺と妹たちも『先生』と一緒(いっしょ)だった頃(ころ)にスタンピードで滅ぼされた町を見たことはあるが、それは酷(ひど)いものだった。まるで強烈(きょうれつ)な嵐(あらし)でも通り過(す)ぎたかのように、何もかもがズタズタに切り裂(さ)かれ、生き物の痕跡(こんせき)すら無くなってしまうのだ。


 ……ということは、近衛騎士団長がここに居(い)る理由は……。


「想像(そうぞう)している通り、某(それがし)がこの町に来たのはシュトラウス侯爵領へ向かう隊の指揮(しき)を執(と)る為だ」

「……そうでしたか。もしかしてこちらへいらっしゃったのも、その為の準備ということでしょうか?」

「その通りだ。話が早くて助かる」


 レーネの言葉に頷(うなず)くホフマン公爵閣下。なるほど、そういうことであれば暫(しばら)くのんびり、という訳(わけ)にもいかなくなるな。


「そういう訳で、一〇〇名分の〈金剛(こんごう)の魔石(ませき)〉と回復薬を用意して欲しい。頼(たの)めるだろうか?」


 ………………。


 暫くのんびり出来ない、とか甘い考えを持っていた数秒前の自分を殴(なぐ)ってやりたくなり、俺は茶を啜(すす)る姿勢(しせい)のまま固(かた)まっていたのだった。


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。