第五四話「何やら大口依頼の予感がする」
「はー、やっと終わった」
俺はデカい図体を工房の床に投げ出すと、そのまま大きな溜息を吐いた。溜まっていた依頼の魔石を全て作り終わった所なのである。
「リュージさん、お疲れ様でした」
「んー、ああ、レーネもお疲れ様」
「私は結構前に依頼の品は作り終えていて、今はそれほど。魔石よりは大量生産向きですからねぇ」
普段見上げている俺の顔を見下ろしながら苦笑するレーネ。その分俺よりも納品数は多かったというのに早めに終わったというのは、やはり彼女が優秀だからということに他ならないのだろう。
付与術師の俺、エルフの錬金術師レーネが先日開業届を出した〈アルテナ〉は、有難いことに早速数々の依頼を請け負う事になった。どうもレーネの土壌改良薬の効果について口コミが広まったお陰で有名になっていたらしい。俺はオマケだ。いいけど。
ちなみに俺の妹たち、剣士のミノリと魔術師のスズのパーティ〈サクラ〉は冒険者ギルドの依頼で出張中だ。もうすぐ帰ってくる予定ではあるが、戻ってくるまでは材料採取に行くべきではないし、また暫く暇になるだろうか。
「そう言えばレーネ、この間教えた手法については錬金術でも使えそうか?」
俺はむくりと起き上がってそんなことを尋ねてみたが、お茶を用意してくれているレーネは「駄目そうです」と言いながらかぶりを振っている。それにしてもレーネよ、ビーカーでお茶を淹れるな。いや、ビーカーはちゃんと洗っているんだろうが気になるんだよ。
「やはり、〈祝福〉の付与術を錬金術に適用するのは難しいですね。よしんば出来たとしても、下手をして揮発性の毒薬などが出来てしまった場合……」
「……そりゃ危険だな」
そこまで考えが至っていなかった俺はぶるりと震え上がった。効果のランダムな魔石が出来上がる俺のオリジナルな付与術〈祝福〉だが、錬金術でも同じ理論が適用されないかレーネに説明してみたのだけれど、そう上手くは行かなかったようだ。
それに確かに、ランダムな薬が危険な物であった場合、レーネの身を危険に晒してしまうことになる。毒薬ならばまだ可愛いものだが、揮発性の爆薬でお隣のラナたちまで危険に晒すことになるのは避けたい。
「あ、危険と言えば……魔晶についても調べてみました」
「……ああ、何か分かったか?」
緊張した面持ちのレーネ。それもその筈で、魔晶は邪神アブネラの僕たる邪術師のフェロンが人の命を糧として作り上げていた、人体の能力を向上させる代物……というだけでなく、人や動物を魔人化させる力を持つ液体だ。ガイの持っていた分はマリエが魔人化する際に消費されてしまったようだが、残りをフェロンが隠し持っていた為、それを拝借してレーネが研究していたのだ。
「はい、まず人の命が使われているということには間違いは無いと思います。そして邪神アブネラの力があるということも。神の力を持つ物質を近づけただけで悉く変質してしまいましたので」
「〈神殺し〉の力か……」
神の力を無効化する邪神アブネラの〈神殺し〉の力は、どうやら魔晶にもはっきりと宿っているらしい。しかしガイには光の神の力を持つ〈シグムントの魔石〉について効果があったことを考えると、魔晶自体には邪術師が行使するほどの〈神殺し〉の力は宿っていないと推測出来る。
「邪術師、か……」
俺は二週間前の戦いを思い出し、思わず天井を仰いだ。邪術師フェロンは、死ぬ間際に「混沌の種は蒔かれた」などと語っていた。その言葉は如何様にでも捉えられるかも知れないが、俺は邪術の結晶が何かの形で残され、邪神の力を呼び戻す力となっていると考えている。レーネも似たような見解だ。
かつて邪神がその力を振るった時代は、世界における暗黒時代と呼ばれている。もし邪術師たちという存在がそんな時代を再び望んでいるのだとしたら、何が彼らをそうさせているのだろうか。
「お茶、入りましたよー」
「ん、ありがとう」
差し出されたビーカーを手にしてずずずとお茶を啜る。お隣のラナに借りた畑の一角でレーネが育てているハーブのお茶だ。〈ペウレの魔石〉のお陰で自宅前の畑は常に毎日作物が採れる為、このハーブも摘みたての新鮮なものだ。
「さて、休憩が終わったら納品に行くか?」
「そうですねぇ……、明日あたりミノリたちも戻ってきますし、円滑に採取へ行けるよう雑事は済ませておきましょうか」
そんな風に二人で予定を立てていた所、玄関の呼び鈴が鳴った。ラナたちには鍵を持たせてあるので勝手に入ってくるだろうし、お客さんだろうか。
「あ、私が出てきます」
「頼んだ」
玄関の方はレーネに任せ、俺は茶を啜りながら今後の予定を脳内に描く。もし明日にミノリたちが戻ってこなかったとしても、やることは色々とある。まずは流通の戻ってきた町に行って付与術と錬金術の材料とか仕入れるとするか。
「おお、ここが工房か。なんとも懐かしい雰囲気だな」
「え?」
聞き覚えのある声に廊下の方を見やると、そこには――
「ホ、ホフマン公爵閣下!? 何故ここに!?」
「おお、リュージよ、久しぶりだな」
廊下ではバイシュタイン王国の近衛騎士団長にして、国王陛下の護衛も務めておられる筈の〈鋼鉄公〉ゴットハルト・フォン・ホフマン公爵が、慌てるレーネを引き連れて不敵な表情で手を振っていたのだった。
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