第二〇〇話「クラインブルクを攻略せよ」
ブルクミュラー侯爵領の領都、クラインブルク。
闇夜に紛れ、俺たち四人は南門の近くでアイの帰りを待っていた。頼もしいことに長女は町の様子を偵察しに行ってくれているのである。くノ一という隠密の中の隠密ならば雑作も無い事なのだろう。
「偵察とか要らねぇから、もう乗り込まねぇか? とっとと暴れたいんだが」
「駄目に決まってんだろ」
無茶苦茶を言い出したのは勿論ミロスラーフである。このおっさんには戦略ってものが無いのか。
「騒ぎを起こしたら取り囲まれるし、一気にロマノフ兵の本部を叩くべき。その為にも場所の確認は必要」
一々ミロスラーフの言う事に付き合ってられないのだが、スズはこのおっさんにも分かりやすく偵察のメリットを教えてくれた。闇雲に敵を薙ぎ倒しながら探しても疲れるだけなのである。
「戻ったよ」
「うぉっ!?」
いきなり背後からアイの声がして、俺は背筋がピンと伸びてしまった。何時の間に戻ったんだ? 全く気配が無かったんだが。
「どしたの、パパ」
狼狽している俺の様子を見て、アイは不思議そうに首を傾げている。全く疲れている様子も無い。この程度の偵察は朝飯前ってか。
「いや……、今のお前なら俺の寝首を掻けそうだなと……」
「ふふ、褒め言葉だと思っておくね」
俺の半分本気が入った冗談にクスクスと笑うアイ。それにしても感情豊かになったものだ。我が家に来た頃は随分とやさぐれていたものだが。
「それじゃ、町の内部について説明するね。……まず南門の内側にも外側にも兵が多い。たぶん南から攻め返されることを意識しているんだと思う」
まあ、予想通りと言えば予想通りだな。流石に敵の正面である南側を手薄にする事も無いだろう。実際、俺たちが此処に辿り着くまで何人ものロマノフ兵を確認している。まあ全員今は野犬の餌になっているが。
「で、敵陣の場所だけど――」
そこまで話して、アイは表情を曇らせた。何かあったのだろうか。
「……町の中央付近に、祭壇っぽいのが造られていてね? そこを大勢の兵士が守ってるの。たぶん、重要な場所なんだと思う。前もって貰った情報には、こんな祭壇があるなんて聞いていなかったのに」
「祭壇……」
俺はそのキーワードに心当たりがあった。祭壇と言えば、エメラダを始めとする邪術師たちとどうしても紐付いてしまう。
「……どう思う、ミロスラーフ」
「アンタの考えてる通りだと俺も思うぜ、伯爵様」
ミロスラーフに問うてみたら、やはり此奴も同じ考えのようだった。即ち、その祭壇とやらは邪術師の物なのだろう。いや、そうに違い無い。何故そう言い切れるのかと言うと――
「出立前にロマノフ兵共の死体と監視兵の姿が消えた事件があったが、やはりあれは、〈魔晶〉にされたのだろうな」
俺の推測に、ミロスラーフも黙って頷いた。〈魔晶〉は人の命により造られるのだ。たまたま町へ報告に来ていた一名以外の監視兵たちも揃って犠牲になったのだろう。
そして、町の中に祭壇を造っているとなると――今度は町の人々を〈魔晶〉にするつもりなのだ。いや、全員かどうかは分からないが、恐らく既にされているだろう。
「皆、これを飲んでおけ」
俺はマジックバッグを漁り、人数分の薬瓶を取り出した。中には茶色く濁った、どう見ても飲用には適さない色の液体が入っている。
「えぇ……、これ何よ、リュージ兄」
露骨に嫌な顔をしているのはミノリである。気持ちは分かる。分かるのだが――
「レーネ特製の薬だ。〈魔晶〉にされたくなければ飲んでおけ」
監視兵たちが消えた事件のことを話したら、レーネはすぐにこの薬を作ってくれた。以前俺がアデリナの謀で魔人にされかけた時の解毒剤を改良したものらしく、〈魔晶〉化を防いでくれるらしい。事象を聞いてすぐに対策を思いつくのだから、天才と言うのは恐ろしい。
「う、そう言われたら飲むしか無いんだけどさ」
言い出しっぺの俺が飲み干すと、ミノリたちも諦めつつ服用した。苦くて粉っぽい。もうちょっとレーネは薬の口当たりとかを気にするべきだな。
「……さて、ミロスラーフ。ちょっと聞きたいんだが、〈グアレルト〉にはエメラダの他に邪術師は居たのか?」
全員で東から突入することを決め準備を整えたところで、気になった事を尋ねてみた。フェロンとアデリナはエメラダの眷属だから含まないとして、他に邪術師が居るなら其奴がクラインブルクの祭壇を管理しているのだろう。
「そりゃ居るぜ。……とは言っても、一人だけだが」
「一人……?」
一人、と言ったか。だとすれば――
「教皇ルドルフだ。奴が此処に来ているんだろうな」
……敵は、予想以上の大物だった。
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