第一九九話「作戦は最少人数で」
「さ、流石に疲れたな……」
目の前に転がる死体の群れを見やりつつ、俺はぐったりとその場で脱力した。辺りはむせかえるような血の臭いに満ちており、俺自身も返り血に塗れている。こりゃ家に帰る前に何処かで洗い流す必要があるなと思った。
向かってくるロマノフ兵たちは勿論のこと、南方へ逃げだそうとした奴等も可能な限り殺した。北方へ逃げた奴等については既にロマノフの占領地なので放っておいたが。
これだけ殺しておいて感想が「疲れた」なのだから、大概俺も狂った奴だと思う。冒険者などやっていると同業に襲われたりなど、まあ無い事も無い話だったが、それでもこれだけの死体に囲まれた経験は無い。
「ハントヴェルカー卿! 御無事ですか! ハントヴェルカー卿!」
おっと、壁の向こうから監視兵の隊長の声がする。戻るとするか。
「おいおいそんな楽しい事があったのかよ! 呼べよ!」
「呼んでる暇が無かったんだよ」
返り血を軽く洗い流してからライヒナー候に事の次第を報告、やっと家に帰れたと思ったらミロスラーフに食いつかれた。本当なら全部お前に任せたかったんだよ、この戦闘狂め。
そして休む暇も無く超長距離通信で陛下に報告を行う。ブルクミュラー侯が寝返って北西部が占領されている事実に、陛下はショックをお受けになられたようだった。無理も無いが。
「数名程では御座いますが、逃がしてしまった兵が居ります。力不足で申し訳御座いません」
『いや……一人で百人単位の兵に勝利したのだ。冗談でも力不足などとは言うまいよ』
此方は本当に申し訳ないつもりであったのだが、陛下は憮然とそうお答えになった。問題は人数では無く戦略だと思っているので、やり方によっては全滅させることも出来たと思っているのですが。
『しかし、陛下。逃がした兵が居るとあらば、再度攻め込んでくるやも知れませんな』
軍を束ねるホフマン公爵閣下が唸っておられるように、ロマノフ帝国はグアン王国も取り込んで兵数と資源だけは潤沢だ。すぐに態勢を整えてザルツシュタットに向かってくる可能性がある。
『左様か……。であれば……早々にザルツシュタットの戦力を強化する必要があるな』
「ですが、ラウディンガー北部の守りも捨て置けません」
『で、あるな……』
俺の進言に、魔石の向こうで陛下が頭を抱えておられるのが分かる気がする。お心遣いは有難い事であるものの、バイシュタイン王国北西部から王都ラウディンガーへ向かうルートはザルツシュタット経由だけでは無い。北東部を経由するルートもあるのだ。
今は北部の山道で睨み合いが続いているようだが、何時其処の均衡が破れるかも分からない。そう考えると、ラウディンガー北部の守りを減らすべきでは無いだろう。
だとすれば、少ない戦力で北西部を叩き奪還出来るのがベストだ。クラインブルクさえ制圧出来れば、一先ずザルツシュタットへの南下を抑えられる。
「陛下、一つ提案が御座います」
『なんだ』
俺はクラインブルク制圧について早速提案をしてみた。俺とミロスラーフ、ミノリ、スズ、アイの少数精鋭で乗り込むという奇抜な案である。
『また無茶な計画を……』
陛下の大きな溜息が聞こえる。まあ無茶な計画と言えなくも無いだろうが、レーネの造った爆薬を抱えた俺に、俺より強いミロスラーフ、第一等冒険者のミノリとスズ、それに何より隠密行動に長けたアイなら工作活動に向いているだろう。
『ですが陛下、ロマノフ兵は〈銃〉を持っていると思われます。多人数では損耗率も激しくなる可能性があります故、〈大金剛の魔石〉を所持している少数精鋭で叩くという事は理に適っているかと』
シュノール宰相閣下は、俺の意図を読み取ってくれたようだ。その通り、〈大金剛の魔石〉があれば弾丸を通さないのである。だが大人数で向かっても全員に魔石を配ることが出来ない為、犠牲が出てしまう可能性がある。だったら魔石を持つ者だけで向かおうと言う寸法なのだ。
数秒の沈黙の後、「止むを得んか」と言う陛下の御言葉で、クラインブルク奪還作戦の開始が決定したのであった。
「ハントヴェルカー卿、緊急の報告が御座いますが、宜しいでしょうか?」
さて会議も終わろうとした時に、廊下からお付きの兵であるロットの声が聞こえた。緊急の報告?
『よい、余も確認したい』
「承知しました。――入ってくれ!」
俺の呼び掛けでドアを開けたロットが、通信中である事に気付き固まってしまった。そう言えば、この通信が陛下とのやり取りであることを知っているんだったな。
「つ、通信中でしたか! 失礼しました!」
『構わぬ、報告せよ』
「は、はっ!」
陛下の声に動揺したのか、深呼吸をして息を飲み込んだ後にロットはこう告げたのだった。
「塩水湖前の検問所にて、隊長を含む監視兵一一名、およびロマノフ兵の死体が――消滅しました!」
次回は明日の21:37に投稿いたします!