第一九七話「結局のところ戦うしか無い訳で」
見通しの良い塩水湖である為か、グアン兵、いやロマノフ兵たちは斥候を送ること無く、歩兵で編成された隊でゆっくりと進んでいる。若しくは、あちらの数を見せて戦意を失わせた上で寄越すかも知れないが。
「クラインブルクは落ちていないのに、何故彼奴等はやって来た……? ……いや、今はそんな事を考えている暇は無い。ロット! 兵舎の馬を借りて至急この事をライヒナー候へ伝えよ!」
「はっ、はいっ!」
俺はお付きのロットへ命じた後、この後の動きについて考えを巡らせる事にした。先ず何よりも門を閉める事については間違い無い訳だが、壁はそれ程頑丈でも無い為に一部を集中攻撃されれば崩壊するだろう。そうなれば百人単位のロマノフ兵たちが雪崩れ込んでくる筈だ。
「となれば、これか」
俺はマジックバッグを漁り、それが収められていることを確認する。籠城戦とはちと違うが、この櫓から奴等の相手をするしか無い。
「皆、監視兵の役割を超えるとは思うが、少々付き合って貰う。……ああ、ロマノフ兵が近付いてきたら、〈大金剛の魔石〉を発動させろ。奴等は〈銃〉を使ってくる。使わないまま弾丸が当たれば死ぬぞ」
脅しでも何でも無い俺の命令に、息を飲む監視兵たち。彼等に〈大金剛の魔石〉を持たせておいたのは、侵入者から〈銃〉により攻撃されることを想定してのものだったが、こんな事態で役立つとは。
「ハントヴェルカー卿! 騎馬が一騎、近付いております!」
おっと、早速来たか。やはり敵さんの数を見せた上で交渉、いや脅しに来た訳だな。
「ああ、分かった、私が出よう」
「しかし――」
「大丈夫だ、荒事には慣れている」
監視兵の隊長は「矢面に立たせる訳には参りません」、とでも言いたいのだろうが、奴等から聞き出したい事もある。俺は右手で制止すると、あっさりと櫓から降りて行った。
程なくして、元グアン王国の鎧を着込んだ兵士が一騎、馬を駆ってやって来た。武器は持っていないようには見えるが〈銃〉を持っている可能性は大いにあるので、〈大金剛の魔石〉を発動させる。これでよっぽど強力な攻撃でなければ効かなくなった。
「失礼する! 貴殿がこの門の責任者か!」
「ああ、一応そういう事になっている」
下馬した兵士の良く通る大きな声に、俺は淡々と返した。元気が良いな。顔からしてまだ若いようだ。俺よりも下だろう。二〇代前半といったところか。
「で、何故元グアン王国の兵が此処に居る? 此処はバイシュタイン王国の領土だぞ? 迷子にでもなったのか? 練度の低いことだ」
早速軽い嫌味を混ぜて牽制すると、兵士が口元を引き攣らせた。おやおや、この程度でこの反応、まだまだ煽られ慣れていないな。
「……お前たちはまだ事態が分かっていないようだな! 我等は貴殿等の国で発生している内乱の収拾を付ける為に参ったのだ! これよりザルツシュタットは我等の管理下となる故、無駄な抵抗は――」
「ほざくな、ザルツシュタットで内乱など起きていない。いや、正確には起きていたが鎮圧した。貴様等の国――ああ、と言ってもグアン王国ではないぞ、ロマノフ帝国の者が武装蜂起したのだがな?」
そう告げてやると一瞬だけ驚愕の表情を浮かべた兵士だったが、「根も葉もない事を言うな!」と激高した。この反応からすると、末端の兵士は自作自演を知らないようだな。そりゃそうか。
「これが根も葉もない嘘かどうかは、貴様等の親玉には関係無いのだろう。我等の領土を脅かす大義が欲しかっただけなのだからな」
「我等は内乱の鎮圧に――」
「だから内乱など今は起きていないし、その理屈は無意味だ」
あくまで冷静にその事実だけを返す。内乱が発生していない以上、此奴等がザルツシュタットへ侵入する理由は無い。
だが、こういった場合に侵略者がどう動くかは理解している。領地は持っていないものの、一応領主としての勉強はしたので。
「嘘を吐くな! ザルツシュタットは内乱で疲弊しているとの情報がある! 隠し立てをするならば意地でも通らせて貰うぞ!」
ああ、やっぱりそうだよな。そうなるよな。シナリオ通りって訳だよな。
まあ予想通りだったので何も驚いちゃいないが、ちょっと俺の意表を突くような事をしてくれないと詰まらないのだが。
兵士は、これ以上の問答は無用だとばかりに乗馬しようとしている。が、ちょっと待ってほしい。
「ああ、一つだけ聞かせてくれ。クラインブルクはとっくに陥落しているな?」
「……貴様に教える事では無い!」
俺の質問にそれだけを言い残し、兵士は去って行ってしまった。まあ、ビンゴなのだろうな。
恐らく、ブルクミュラー候はとっくに投降しており、クラインブルクは陥落、投降した上でシュノール宰相閣下に超長距離通信で嘘の情報を渡していたのだ。それが脅されてのものなのか、心からの裏切りなのかは分からないが。
「ホントあの土地、呪われてるなぁ」
俺は過去に二人の侯爵が失脚した土地を想い、溜息を吐いた。せめてこの土地はそんな事を言われないようにしなくては。
さてと――迎え撃つ準備をしよう。
次回は明日の21:37に投稿いたします!