第一九五話「ウチの娘が末恐ろしい」
季節も秋に変わり、ケチュア帝国との貿易による石炭と鉄鉱石の大量輸入でコークス、セメント、鉄の製造を進め、並行して外壁建設に着手をしてゆくことになった。鉄は何に使うのかと言うと、壁の芯にし、其処にコンクリートを形成してゆくのだとか。そうすることにより、非常に安定した構造物が出来上がるのだそうな。
そして輸入の分は輸出をしなきゃならんのだが、そこは我が家の目の前に有る畑が大活躍をしてくれた。何しろ輸入した苗も一日で実を付ける訳で、ケチュア側に逆輸出してゆく事で大幅に利益を出す事が可能となっていた。作物の育成を助ける〈ペウレの魔石〉様々である。
「ただなぁ、外壁建設でウチの裏手が塞がれるから、素材を採りに行くのが面倒に……」
「まだ言ってるの、リュージ兄。素材はあたしたちが採りに行くし、ハントヴェルカー卿は町作りに専念してくださいな」
頭を抱えていたらミノリに笑われてしまった。まあ妹の言う通り、最近は素材収集もミノリや弟子たちに任せっきりな部分が大きく、俺とレーネは外壁建設や治安維持に努めていることが多かった。
「うう、町作りよりも錬金術の研究がしたいよう」
「諦めろレーネ。安定した基盤があってこそ平和に研究が出来るんだぞ」
レーネも最近は俺やライヒナー候の補佐ばかりやっている為に愚痴っているが、そもそも治安が悪かったら研究どころか普段の仕事もままならない訳で。其処を何とかしないといけない辺り貴族の辛い所ではある。
「リュージさん、こちらの資料を纏め終わりました。次のお仕事をお与えくださいな」
各所からの報告を確認していたら、「手持ち無沙汰なのでお仕事をください」とお願いされてしまった為に報告書の纏めをお願いしていた殿下とディートリヒさんがいらっしゃった。もう終わったんですか、早い。
「ああ、有難う御座います。ツェツィ様は少しお休みください。俺が殿下を酷使していたことがバレてしまったら処刑されてしまいます」
まあ処刑は冗談なのだが、それにしたって伯爵が王女殿下をこき使うなど有り得ない訳である。少しは俺の気持ちも分かって頂きたいのだが――
「いえ! 皆様が働いていらっしゃるのにわたくしだけのんびりとしている訳には参りませんわ! 只でさえわたくしは嫁にも行けないような体たらくですのに!」
殿下がぐっと拳を握って力説しておられるが、微妙に後ろ向きな発言である。と言うか、王都ラウディンガー周辺の内乱も南西部が落ち着いてきたという情報が有るのでそろそろ戻れると思うのですが。奔放な王女殿下だし、きっとこうやって働いておられるのが楽しくていらっしゃるのだろうな。
「でんかは、およめにいけないのですか?」
「わっ!? マリーちゃん何時の間に!?」
気付けば、マリアーナが殿下の足元に立っていた。ディートリヒさんも気付いていなかったようで少々狼狽している。俺も気付かなかったし、何時の間にアイの真似事なんか出来るようになったんだ。
「んー? でんか、ディートおにいさんとけっこんしないのですか?」
「えっ」
突然自分の名前が出てきた為、更に狼狽するディートリヒさん。殿下も目を丸くしておられる。何気に爆弾を投げてきたな、ウチの娘。
まあでもマリアーナの言う通り、ディートリヒさんは公爵家の三男であり、十分に殿下と釣り合う相手ではあるのだよな。ただ元々殿下はゴルトモント王国の第三王子と婚約していらっしゃったのだし、本人には申し訳ないが格下感が拭えない。
「その手が有りましたわね……」
「ツェツィ様!?」
あ、殿下が乗ってきた。ディートリヒさんがいきなり人生をひん曲げられそうになって狼狽どころか泣きそうになっている。
「うふふ、みんななかよしです」
一人の人生を激変させそうになっている事など露知らず、ウチの娘は楽しそうにはしゃいでいた。末恐ろしい。
季節は冬。厳しい寒さを耐えながら急ピッチで建設を進めてゆき、外壁の基礎部分が完成した。ウチの裏手の森も一部がすっかり伐採されてしまい風景が変わっている。腹を減らした動物たちが町へ出て来なきゃ良いが。
内乱で国は疲弊しているが、王都とこの町に限っては〈ペウレの魔石〉の加護が有るため飢餓とは無関係である。その為、人々がラウディンガーとザルツシュタットに集まり始めたのはごく自然な事であった。
そして春。
ゴルトモント王国の内乱にロマノフ帝国軍が介入を始めたとシュノール宰相閣下より情報が入ったのは、その頃だった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!