第一九二話「臭いと言われてショックを受けない父親が居るものか」
ライヒナー候より信頼出来る護衛を数人お借りし、夜になるのを待ってから、俺はツェツィーリエ王女殿下とディートリヒさんのお二人を領主の館から連れ出した。目指すは俺の家である。
何故領主の館では無く俺の家へ案内する事になったのかと言うと――ライヒナー候曰く、今後領主の館への攻撃が無いとも限らない為その方が安全であるから、との事だった。信頼されているのは嬉しいのだが、とてつもない重責を感じる。
「それで、お二人は何故此方にいらっしゃるのでしょう?」
歩きながら、俺は早速殿下に事の次第を尋ねていた。そも、王都にいらっしゃる筈の殿下とディートリヒさんがザルツシュタットを訪問する理由が無い。
すると殿下は何か言い淀みつつ、気まずそうに俺から目を逸らしお答えにはならなかった。はて、ライヒナー候の部下が居ると言えない事なのだろうか? でも俺は兎も角、護衛の人たちなら既に事情を知っていそうなんだがなぁ。
「……殿下は、ザルツシュタットで行われる夏のお祭りへ参加なさる為にお忍びで訪問なさっていたのです」
「ディ、ディート! 言わないで!」
ディートリヒさんが代わりに説明をしてくれた為、俺はすべてを理解して思わず細目になってしまった。しょうもない理由をバラされた殿下が慌てふためいている。もう御年二一歳になられた筈だと言うのに、相変わらず奔放な御方だな……。
「仕方が御座いませんよ、殿下。リュージさんにお教えしない訳にもいかないではないですか」
「う、うぅ……」
殿下は恥ずかしさに顔を覆ってしまわれたが、危ないのできちんと前を見て歩いて頂きたい。
「……つまり、ザルツシュタットを御訪問なさっていたら内乱が発生し、王都へ戻るに戻れなくなったと言う訳でしょうか?」
「ご理解が早く助かります」
ディートリヒさんが真顔で頷く。成程、確か王都周辺では内乱が激化していると聞いている。何処を通っても戻る事は出来ないのだろうな。
しかしこれは逆に僥倖かも知れない。現在、王都ラウディンガーは殆ど孤立しているのだ。唯一の王位継承者であらせられる殿下が幸か不幸かザルツシュタットへ落ち延びていると考える事も出来る。
そう説明すると、殿下は満天の星空を見上げられ溜息をお吐きになった。だから前見て歩いてくださいよ。
「婚約破棄の憂き目に遭ったわたくしなど、誰にも必要などはされませんわ」
「いやいや、殿下のお立場でしたらご結婚の相手など掃いて捨てるほど居ると思いますが」
呪いの言葉を吐いておられる殿下へ思わずそんな突っ込みを入れてしまう。そう言えばゴルトモント王国の第三王子とのご婚約をされていたのだが、四年前にあろう事かその国から侵攻が有った為に陛下が激怒され、婚約破棄に至ってしまったのだったな。
「リュージさんの仰る通りですよ、殿下。一度や二度の失敗で諦めてはなりませぬ」
ディートリヒさんはそう説いたものの、殿下は「知りませんー」とそっぽを向いてしまわれた。ううん、随分と傷は深いようだ。まあ一度は兎も角二度失敗したら、俺が同じ立場だったら立ち直れなさそうだが。
「ただいま、帰ったぞ」
家に到着し、俺は何時もと同じ調子でそう呼び掛けた。すると逸早く廊下を駆けて来たのは我が家の天使マリアーナだった。暫く会って居なかったし、父の顔を忘れていなけりゃいいが。
「パパ、おかえりなさい……んー?」
マリアーナは、俺の後ろに居るお二人の事が気になるようで、首どころか身体を大きく傾けて不思議そうな表情を浮かべた。が、直ぐに何やら我に返ったように身体を戻し、可愛らしいカーテシーを披露した。
「はじめまして、おきゃくさま。マリアーナともうします」
先程までやさぐれておられた殿下もマリアーナの歓迎を受け、小さく吹き出してお笑いになった。ああ良かった。少し機嫌が直ったようだ。
「あらあら、マリーちゃんも随分と大きくなったのですね」
「本当ですね、子供の成長は早いものです」
殿下だけでなく、ディートリヒさんも相好を崩している。マリアーナはザルツシュタットではなくラウディンガー王城で産まれたので、お二人とも赤ん坊の頃をご存知なのである。
「……んー? はじめましてじゃ、ない?」
「ふふ、わたくしたちはマリーちゃんが産まれた時の頃を知っているのですよ」
「そうでしたか、おひさしゅうございます」
お久しゅうって、マリーはお二人の事を覚えてないだろうに。
その後、「パパ、くさいです」と言われてショックを受けた俺は、先ず何よりも先に風呂へと直行したのであった。子供の忖度しない物言いというのは、時に大人を傷つけるものだな……。
次回は明日の21:37に投稿いたします!