第一九一話「戻ってみれば国内状況は激変していた」
船長の話によれば、内乱は王都周辺を中心にバイシュタイン王国の各地で発生しており、かなり深刻な状況であるとの事だった。
幸いと言うのか何と言うのか、ザルツシュタットは外壁建設の為に冒険者たちを主軸とした警備へ力を入れていた為、反乱分子を抑えることに成功していた。
「……お疲れのようですね」
「まあね……。リュージ君こそ、西から戻ったばかりで自宅にも寄らずこちらへ急行して貰って申し訳ない」
はっきりとその顔に睡眠不足が現れているライヒナー候は、溜息を吐きながらそう話した。ザルツシュタットで行動を起こしていた奴等の制圧には成功しているものの、如何せんこの町は人が多すぎる為に手が回りきらないのだろう。
今ライヒナー候が仰った通り、俺とミロスラーフは船で港に到着してから直ぐに領主の館までやって来ていた。正直風呂にも入れていない状態なので臭っているだろうなとこちらも申し訳なくなる。
「それで、詳しく状況を確認させて頂きたいのですが」
「ああ。事前に連絡した通り、内乱は各地で起こっており、ザルツシュタットの反乱分子は冒険者たちの協力も有って詰所の牢に幽閉中だ。この町と王都については幸いにして冒険者が多い為にこのような連携が取れたのだが、他の町はそうもいかないだろう」
つまり、大きな町で無事なのは王都とザルツシュタットだけ、と言う訳か。
「それで、何かこの状況を覆せるような、有益な情報は有るかい? ミロスラーフ」
「………………」
ライヒナー候は普段見せないような鋭い目つきでミロスラーフを見据え詰問したが、当の黒騎士はと言うと顔を顰め、俯き黙している。このまま黙っているつもりだろうか。
「ミロスラーフ、事が事だけに、話してくれないとあらば隷属魔術の行使も辞さないが」
数ヶ月間共に行動しているものの、ミロスラーフは本来敵の立場だ。現在、隷属魔術によるこの男の主はスズから俺に委譲されている。どうしても話してくれぬのならば、多少の苦痛は受けて貰う事になるのだが――
「……妙なんだよ」
「妙、とは?」
ミロスラーフが表情を変える事無く口にした言葉に、ライヒナー候が質問を続ける。黒騎士は俯いていた顔を上げ、苛立っているように指でテーブルをトントンと叩いた。
「こんなに早く動くなんて聞いてねえ。動くのは来年の春だって聞いてたんだよ、今はまだ秋口だぞ? まあ、そもそもそんなクソつまらねえ作戦に参加するつもりも無かったんだがよ」
「計画が前倒しされたと言う事かい?」
「そうだ。ルドルフの野郎、何を考えてやがる? こんな事がアブネラ様の理念に沿っていると、本気で思っているのか?」
ミロスラーフは機嫌が悪そうにブツブツと独り言ちている。ルドルフというのは、話の前後からすると組織のお偉方の名前と言った所だろうか?
「そうなると、一度、捕らえた者たちから話を聞いた方が良いだろう。ミロスラーフとその者たちとで情報が違うのならば、更新しておいた方が良い」
「かも知れねえな。俺ァ伯爵様に聞かれた事は全部答えちゃいるが、その情報が既に古い可能性が有る」
どっかとソファに背を預け、気に入らない様子でミロスラーフは頷いた。基本的にこのおっさんは俺に聞かれた事は答えているが、進んでロマノフ帝国の計画を話す事は無いんだよな。でも、態々現状の情報を手に入れようと考えていると言う事は、真実で無い事を話してしまった可能性が許せないとか、そんなところか。
「だったら、私と一緒に詰所まで行って貰おう。……ああ、リュージ君は一度家に帰って貰いたい、別の仕事が有るんだ」
「別の仕事……ですか?」
「うん、ちょっと待っていてくれ」
不思議に思った俺が詳細を尋ねる前に、ライヒナー候は部屋を出て行かれてしまった。え、となるとミロスラーフはライヒナー候に付いていって貰う事になり、俺は別行動って事か?
困惑していた俺の所へ、ライヒナー候は直ぐにお戻りになった。
そして、俺は目を疑ってしまった。
「リュージ君、お二人を君の家まで案内してほしい」
「…………何故、此処にいらっしゃるのですか?」
「その理由は、道すがらお話しいたしますわ」
俺が呆然と投げ掛けた問いに、お二人のうちの一人――ツェツィーリエ王女殿下は小さく嘆息しながらそうお答えになったのだった。――無論、もう一人は護衛騎士のディートリヒさんである。
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