第一八九話「回避出来る戦いならば」
ティワカンはふらつく俺に追い打ちを掛けてくるのかと思っていたが、すぐに反転し背を向けた。魔術は効かないから相手にするまでも無いってか、畜生。
そして案の定、ティワカンの背後から斬りかかっていたミロスラーフはその動きを中断し、虎から距離を取った。
数秒の間睨み合いとなっていたが、その均衡を破りミロスラーフが右足を踏み込み袈裟斬りを放つ。ティワカンがほんの少し右に移動してそれを躱したところを更に切上で追うも、それもまた移動され躱される。
『炎の矢、邪魔な剣士を片付けろ! 〈ファイア・アロー〉!』
「え」
レーネの薬で使える物を探していた俺は、虎が放った言葉に驚き、手にしていた爆薬を取り落としそうになった。え、此奴喋れるのか!?
「うおっと! 俺には魔術は効かねぇぞ、っと!」
〈ファイア・アロー〉が当たったものの無傷のミロスラーフは再び上段から大剣を振るおうとしている。が、ちょっと待ってほしい!
「ミロスラーフも、ティワカンも、ちょっと待ってくれ!」
「は?」
『………………』
俺の制止の声で、一人と一頭はピタリと動きを止めてくれた。
そうだよ、俺は忘れていた。話し合いが出来る可能性があるじゃないか、この虎には。
「突然襲ってしまって申し訳ない。俺は東の大陸から来たリュージと言う。こっちはミロスラーフだ」
『………………』
「ああ、喋って貰っても良い。恐らくだが、ティワカン、君の言葉は俺たちに通じる」
『……そうなのか』
まだ警戒している様子はあるものの、ティワカンは行儀良くお座りをして攻撃態勢は解いてくれた。やっぱりそうだ。ティワカンの話す言葉はしっかりと俺たちの耳に人が話す言葉として聞き取る事が出来た。話し合いが出来るのならば、無理に戦う必要など無い。
「おいおいどう言う事だ伯爵様? なんで虎が喋ってんだ?」
ミロスラーフは目の前の奇っ怪な出来事に目を白黒させているが、俺にとってはこの現象について過去同じような経験をしているので原因は分かっている。
「〈カシュナートの魔石〉」
「……ああ! って、動物にも効くのかよ!?」
「ラナの家に火竜が居たろ? アレはこの魔石で懐柔した」
「マジかよ……」
火竜のフランメの事を思い出したらしく脱力しているミロスラーフは「つまんねぇ……」とか呟いている。この戦闘狂め、戦いは回避出来りゃその方がいいんだよっ。魔獣相手にレーネの薬を無駄に消費したくないんだよ俺は。
『これは驚いた。何故私の意思が通じている』
思っていたよりも理知的に話す……話していると言えるのかは兎も角として、ティワカンは動物にしては知能が高いようだ。魔獣となった影響もあるのだろうか。
「魔石――あー……、魔術の一種である、他者へ力を付与する術により創られたこの石のお陰で会話が通じているんだ。もっとも、これは俺しか持っていない物だが」
『そうなのか、便利なものだ』
通じてるよ、本当に頭が良いな。下手するとそこらに居る人間の大人よりも賢いかも知れんぞ。
おっと、本題に入らねば。この虎は家畜を荒らした事はあっても人を食い殺した事は無いと聞いている。だったら交渉の余地はある筈だ。恐らくクレパさんに対しても、威嚇されどうしたものかと困惑していただけなのだろう。
「ティワカン、今、君が町の中に現れた事で人々が不安を感じている。普段は町の外に居ると聞いていたが、何故今日に限って侵入してきたんだ?」
『腹が減っていたので、鶏を食べようと思った』
「………………」
ティワカンの即答に、俺は二の句が継げなくなってしまった。お、おう、そうか。そう言えば此奴は理知的な話し方をしているが獣だった。本能に従って行動しているだけなのか。
しかし知能自体は高い。ならば、逆に町にとってもティワカンにとってもメリットがある事を提案してみるのが良いだろう。
「クレパさん、ちょっと樹から降りてくれるか?」
俺が樹上のクレパさんにそう呼び掛けると、爺さんはへっぴり腰で幹にしがみついたまま、ティワカンを不安そうに見つめた。
『そ、その虎は大丈夫なのか?』
「話は通じているので大丈夫だ。ここからはお互いのより良い方に向けた交渉なので、クレパさんにも参加して貰うよ」
『……交渉?』
俺が何を企んでいるのか理解出来ない虎は、小さくその大きな頭を傾げたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!