第一八八話「虎退治も簡単には解決出来ないようだ」
〈カシュナートの魔石〉を使い、集まっていた人たちから詳しい話を聞き出したところ、どうやら町長であるクレパさんがよく行く高台があるそうで、其処に行けば居る確率が高いと言う事だった。
俺とミロスラーフは止められたものの「魔物には慣れている」と言って二人で教会の外へ捜索に出てしまった。俺は仮にも第三等冒険者だしな。
それに、此処にいる血気盛んなおっさんが戦いたくてウズウズしているので。子供みたいに興奮してるんだもんよ。
「虎、ねぇ。熊はよく見掛けてたが、虎は無ぇな」
ミロスラーフはそんな事を独り言ちている。そう言えばロマノフ帝国なら凍土、吹雪、グリズリーを連想するよな。よくあんな過酷な場所に国を興そうと思ったものだよ。
「虎と言っても魔物だし、魔術を使ってくるって言ってたな」
「魔術ねぇ……、まあ、俺にゃ〈アンチ・マジック〉の掛かった古代遺物があるし、効きはしないんだが」
そう言えばそうだった。爪と牙は怖くないのかよとか思ったが、此奴の武器は大剣だから懐に入られさえしなければ大丈夫なんだよな。問題は俺だ。
「俺は魔術で戦うか。いざとなったら拳を使うが」
「器用な伯爵様だねぇ」
「五月蠅え、俺に攻撃が来ないよう守れ」
そんなやり取りをしながら、教会で聞いた場所へと向かう石段を上る。もうそろそろ日が落ちてしまいそうなので念の為に〈発光の魔石〉で辺りを照らしている。あまり強すぎる光だと逆に虎が隠れていた場合に奇襲を受けかねないので、布で包み輝度を落とし進む。
石段の終点が見えてきた所で、ミロスラーフがすんすんと鼻を鳴らし始めた。
「……獣の臭いがするな。風は上から流れてるし、高台の方だ」
「……血の臭いがしないなら、まだ大丈夫だ」
俺たちは足早に、石段を上っていったのだった。
『わ、儂は美味くないぞ! あっちへ行け!』
「………………」
「………………」
高台の上では、シンボルらしき大きな樹の上に登り、太い枝の上から真下に居る漆黒の虎を威嚇している爺さんの姿があり、俺たちは思わず無言で顔を見合わせてしまった。虎はと言うと行儀良くお座りをしてクレパさんを見つめている。なんだこれは。
「……まあ、元気そうで何よりだった」
「確かに」
緊迫しているクレパさんには申し訳なくも、俺たちはぬるーい雰囲気を感じながらそんな感想を言い合った。
体高一メートルはあろう漆黒の虎は相変わらずじっとしたままで、本当は無害なんじゃないかと思うくらいに穏やかである。本当に攻撃して良いのだろうかと思ったが、家畜は時々被害に遭っているらしいし害獣には違いないとは聞いて居る。退治すべきなんだろうな。
『お、お前さんがた何時の間に!? 此処は危険だ! 早く立ち去れ!』
おっと、クレパさんが此方に気付き警告してくれたがそうはいかない。貴方を助けに来たんですよ。
「自分の身を挺して俺たちを逃がそうなんざ、泣ける話じゃねぇか」
「全くだ」
含み笑いを上げるミロスラーフに同意しつつ、俺は杖を構える。先手を打つとするか。
「炎の矢よ、眼前の敵に突き刺さり燃え上がれ、〈ファイア・アロー〉!」
先ずは小手調べと言う事で、小さな炎の矢を放ってみる。矢は真っ直ぐ〈ティワカン〉の右前肢へと向かったが――察知した虎は軽々とした身のこなしでそれを躱した。そう簡単にはいかないか。
ティワカンはようやく俺たちを危険と見なしたらしく、体勢を低くして、グルル、と小さな威嚇の唸り声を上げ始めた。クレパさんが小さく息を飲む音が聞こえたような気がする。
「躱されてんぞ?」
「牽制だ牽制。これで倒せるなんて思って――」
ミロスラーフの茶々にそう返すも、途中で切れる事となった。
〈ティワカン〉の体表の色が、変わり始めているのだ。その色が、漆黒から――金色に。
一〇秒もしないうちに、漆黒の虎は金色の虎へと変わっていた。虎らしいと言えば虎らしい色なのだが、些か輝きが眩しい。
「姿を変えるのか。まあ、良いけど、よっ!」
一瞬で変態中のティワカンへと肉薄したミロスラーフが、容赦無く大剣を振るう。躱そうとした虎を正確に追尾した大剣が、左前肢を奪い去った。
だが、虎はそれに構うことなく右前肢を踏ん張り、ミロスラーフへ大顎を開け迫った。黒騎士は顔に似合わず優雅にくるりと回転してそれを躱す。
そのままティワカンはミロスラーフへ追撃を――行う事無く、俺の方へと向いた。とは言えこの距離だし、左前肢が無くなっているので近付くことは容易でなく――
「…………え」
目を疑った。
どういう訳か、ティワカンの左前肢が、きちんと生えているのだ。
「こいつ、再生しやがった!」
ミロスラーフの声でようやくその事実に気付いた俺へ、ティワカンが猛ダッシュを始めた。慌てて腰の〈大金剛の魔石〉を発動させる。その直後に虎のタックルを食らい、俺は吹っ飛び、一本の低木に叩き付けられてしまった。
「……い……いってぇ……」
〈大金剛の魔石〉でも虎のタックルは防げなんだか。あんな大質量だし仕方無いっちゃないが。
しかし――再生する身体に、金色の姿。まるで〈魔晶〉で魔獣化させたようにも思えるが、いや――
「魔力に当たりすぎて魔獣化した個体、か……」
魔力スポットで魔力を受けすぎた動物は魔獣化する。此奴もそのタイプなんだろう。
虎の魔物退治は、もう少し掛かりそうな様相を呈していた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!