第一八六話「ところ変わればやっぱり信仰は変わる」
荷下ろしが終わり風呂で疲れた身体を癒した後、俺とミロスラーフ、そして船長は、クレパさんに彼の孫娘リャマさんと一緒に、町の高台へと続く階段を上っていた。何故船長も一緒なのかと言うと、会話を成立させる〈カシュナートの魔石〉は一つしか無い為である。
リャマさんはミノリと同じく二十歳位のおっとりした美人さんで、嫁にどうかと言われたが丁重にお断りしておいた。俺には愛する妻も娘たちも居るもので。
『着いたぞ、ここがチュパの第一教会だ』
重厚な扉を細腕で軽々と開きながら、クレパさんがそう説明した。扉の奥では夕方にも関わらず祈りを捧げている人々が多く見られる。
「第一? って事は他にも在るのか?」
当然のようなミロスラーフの質問に、クレパさんが頷き、振り返って眼前の町を見下ろし、複数の箇所を指差していった。
『第二、第三、第四まで在るぞ。帝都に行けばもっと多くの教会が在る』
「そんなにか。俺たちの居る町では考えられねぇな」
ミロスラーフの言う通り、大きな町の部類に入るザルツシュタットでも一つの宗派に教会は一つしか存在しない。まあその宗派が色々と有るのだが。
「東の大陸ではシグムント様やフューレル様など、多種多様な神々が祀られているからな。特定の宗派だけ教会が多い、という話になると面倒なんだよ」
「あー、あるかもな、そういう話」
俺の解説に得心がいったようにミロスラーフがポンと手を叩く。教会だって人が運営をしているのだ。当然のように縄張り争いだって有るし、表向きは共存しているように見えても裏では他の神々を認めていない――などと言う事もある。その均衡を破る訳にはいかないのである。
しかし、そう考えると此処ケチュア帝国ではアブネラ以外の神は祀られていないという事か? となれば、他の神々の扱いはどうなっているのだろうか。
クレパさんにそう尋ねてみようと思ったら、彼は険しい顔をしていた。……この反応は、ひょっとすると――
『カーマン、君の国では、シグムントやフューレルを祀っているのか?』
俺が予想した通りに、クレパさんはそんな反応を返した。この表情からして、シグムントやフューレルなど他の神々に良い印象を持っていないのだろう。
「ああ、そうさ。他にも――」
「船長、ここは私が説明します。クレパさん、黙っていて申し訳ないんだが、我等の国では普通にシグムント様などの『アブネラ様を封印した神々』は祀られている」
船長を遮りそう説明すると、彼は自分が何を言い掛けたのか理解し青ざめていた。そうだよ、アブネラにとっては他の神々は忌むべき敵なんだよ。
『そうか……、アブネラ様の信徒がミロスラーフ君しか居ないのでおかしいとは思っていた。君たちはアブネラ様の怨敵を奉ずる人々なのか』
うわ、怨敵とか言われてるよ。相当憎まれてるんだな、他の神々は。
だが取り繕っていても仕方が無い。俺はこのまま突き進むことにした。
「クレパさん、冷静に聞いてほしい。我々の国では、アブネラ様は邪神として扱われているんだよ」
『な、何だと!? 言うに事欠いて――』
「まあ聞いてくれ。君たちがアブネラ様を奉ずる人々だと知って、それでも我々は此処に来た。真実を知るために」
激高しかけたクレパさんを宥めつつ、俺は釈明を続けた。彼の大声の所為で教会の奥が何やら騒がしくなってきた。野次馬が集まる前に一区切り付けたい所だ。
「我々の国ではアブネラ様の本当の姿を知らない。だから、誤解を解く為にも教えてくれないか?」
『………………』
暫し俺を睨み付けていたクレパさんだったが、ふん、と鼻を鳴らしてからリャマさんの肩を叩いた。
「リャマ、神々の間まで案内してやれ。儂は少々風に当たってくる」
そう言って、クレパさんは扉の外へと戻って行ってしまった。なんとか冷静に事を運んで頂けたようだ。
俺たちの問答の間も眉一つ動かさずのんびり眺めていたリャマさんは、「こちらですよ~」と俺たち三人を教会の奥へと誘ったのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!