第一八五話「上陸、そして調査を開始する」
※リュージの視点に戻ります。
大海原のど真ん中でクラーケンに襲われて以降は特に何事も無く航海が進み、〈ノイヴェルト〉号は二カ所の有人島を経てケチュア大陸の東端にある港町〈チュパ〉に到着した。
港の地形はザルツシュタットと同じく岩礁が多い場所にあり、きちんと大型の桟橋が幾つも用意されている。それらは見た感じ新しく見えるので、もしかしたらこの船団用に新しく造られたのかも知れない。
「思っていたよりも賑やかな港町だな」
船の縁から町を見下ろし、俺はそんな感想を抱いていた。文化的な様式はザルツシュタットのそれと全く異なり、あちこちに様々な文様が施されており、やや褐色の肌をした人々が俺たちの船を眺めている。人種は人間が多いものの、エルフやドワーフ、珍しい所では腕の代わりに翼を持つハルピュイア迄も居るようだ。
「……あの文様は、やはりアブネラ信仰のものと考えて良いんだろうか」
「おう、お前さんの思ってる通りだぞ。港の入口辺りに立ってる柱に描かれた文様はアブネラ様を祀る物だな。やれやれ、今まで二度も来ていながら気付かないものか」
俺の呟きを拾ったミロスラーフがぼやいているが、アブネラに関しては東の大陸でほぼ禁忌とされているようなものだし、知識が無くても仕方無いだろうよ。
船員たちに続き俺たちも桟橋へ降りる。予め聞いていた通り、町の人々は歓迎ムードだ。俺たちの想像するアブネラの信徒とは似ても似つかぬ明るい姿をしている。
『やあやあ、久しぶりだな我が友カーマン! 今回も面白い物を持ってきてくれたのかい?』
「勿論さ、クレパ! 前回君たちが欲しいと言っていた、ケチュア帝国には無い香辛料だって積んでいる! 今回は期待に添えるような中身になっていると思うぞ!」
カーマン船長とクレパという名の小さな爺さんが再会を祝して抱き合っている。前回〈カシュナートの魔石〉を使って言葉が通じるようになったばかりだと言うのに何ともフレンドリーな事だが、船長であり商人でもあるならばこの位出来ないといけないのかも知れない。
クレパさんは褐色の肌をした禿頭の爺さんで、六〇歳くらいだろうか。進んで船長と話をしているという事は町の代表者と考えて良いのだろう。
「おっと、今回は紹介したい人が居るんだ。こちらは付与術師のリュージさん、そしてこちらは――護衛のミロスラーフさんさ」
「ああ、よろしく、クレパさん」
「おう、よろしくな」
俺もミロスラーフも、船長と同様にフランクな挨拶と共にクレパさんと握手を交わす。俺が伯爵でなく付与術師として紹介されている理由は、あくまでケチュア相手には船長が最も高い権限を持つ者と見られた方が良いと思ったからだ。もし交渉で俺に話を振られてしまうと困ってしまう。
『よろしく! はて、フヨジュツシとは一体何だい?』
「おっと、此方では付与術師が存在していないのか。なら良い機会だし、後で俺の力を見せようじゃないか」
付与術というものが存在していない可能性は想像の端にあったので俺も驚いてはいない。だとすれば交渉が有利に働くし、アピールのし甲斐があるというものだ。
「クレパさんよ、俺はアブネラ様の信徒だ。良ければ後でこの町に在る教会を教えてくれないか? 祈りに行きてえんだ」
と、早速ミロスラーフがアブネラの信徒であることを晒している。取り出した牙の形をした首飾りは前に教えて貰ったがアブネラ信仰の証らしく、これはケチュア大陸から伝わった時から変わっていないらしい。
『ほう、君もアブネラ様の信徒なのか! 良いとも良いとも! 後で共に信仰について大いに語ろうじゃないか!』
屈託の無い笑顔を見せる老人に、ミロスラーフもつられて笑っている。懸念していたような、命を弄ぶ邪教徒という雰囲気は全くもって無い。
だとすれば、何故ロマノフ帝国のアブネラ信徒たちは曲がってしまったのか。
それを知るべく、色々と調べないといけないな。
次回は明日の21:37に投稿いたします!