第一七八話「石炭で恍惚の表情を浮かべてるんじゃない」
港の特別な倉庫に三人で向かう。此処はミロスラーフの襲撃があった所でもあり衛兵の数も増えていたが、そもそも彼奴は俺を狙ってやって来たので増やす意味はあまり無い。とは言え襲撃の本当の理由を話すとなると色々問題なので黙っているが。
「この箱の中身が石炭ですね。ハントヴェルカー卿のご指示通り、今回は納入数を多めにしておきました」
「ああ、有難う御座います。良い仕事ですね」
石炭のみならず、船長は俺の頼み通りに運ぶ貨物を選別してくれたらしく、今回は食べられそうな植物などもあった。……と言うか、それだけではなく――
「船長、ちなみに……あれは何でしょう?」
「牛と羊ですね」
倉庫の端に繋がれている動物たちを指して確認した所、船長はまんまな答えを返してくれた。いや、そうじゃない。そんな答えを聞きたかった訳じゃないんだ。
「いえ、何故に牛と羊が居るのかと聞きたかったのですが……」
「ああ、すみません。同行した学者によればあれらはこちらの大陸には棲息していない種だそうでして、番を何セットか連れて参りました。食肉や乳、羊毛など幅広く役立ってくれるでしょう」
おお、成程。ザルツシュタットで増やす事が出来れば大きな利益になりそうだな。本当に良い仕事をしてくれている。
「でも、倉庫の中では動物も息が詰まって苦しいでしょう。確認は出来たので、早めに牧場へ移してあげられませんか?」
第一、室内なので糞尿で臭い。臭すぎる。何故最初こんな臭いがするのかと疑問に思ったよ。
「そうですね。一応その学者の伝手で受け入れてくれそうな牧場が在りますので、この後直ぐに話を付けて移送しますよ」
「そうしてあげてください。見つからなかったら至急ライヒナー候や商工ギルドにも相談しましょう。……と、話が逸れた。アイネ、石炭は――」
そう言い掛けた俺が振り返って見ると、木箱から取り出した石炭を両手に抱えて恍惚の表情を見せているアイネが居た。ちょっと……いや、かなり引く。
「……おい仕事をしろ石炭学者様」
「はっ!? い、いけないいけない。ええっと……今回は前回よりも圧倒的に数が多いので、無煙炭でも瀝青炭寄りの物も混じっていますね。それでも完全に無煙炭の割合が多いですが」
俺の呼び掛けで我に返ったアイネの説明によれば、無煙炭は火力を維持させないと利用には向かないので、瀝青炭の割合を多めにした方が良いとの事だった。
それでも瀝青炭で上げた火力で無煙炭を使えば問題無いようなので、無煙炭にだって使い所はあるらしい。だったら瀝青炭の特徴を教えて、次回はその品質のものを多めに納入すれば良いのか。
「ただ、石炭は予め乾留してから使うものなんだよな?」
乾留とは木材を木炭へ変化させるように、窯の中で火を使わず蒸し焼きにする事だ。石炭もそのプロセスを経ると効率的に使えるのだと以前アイネから聞いている。
「はい、その通りです。石炭そのままで使うと毒気が発生しますからね。まあ乾留後に発生しない訳でも無いのですが」
「だったら石炭を乾留する窯も必要って事か……。色々と忙しくなるな」
毒気が発生するのであれば木炭と同じ窯で乾留させる訳にはいかないし、人家の側に造る訳にもいかない。やることの多さに頭が痛いが、どれもこれも必要な事だ。
「あ、あのう、素朴な疑問なのですが……石炭は何の為に使うのですか?」
「ん? ああ、そうでしたね。製鉄の為です。現在ザルツシュタットの外壁を新たに建設する予定があるのですが、その材料の一部に鉄を使います。大量の鉄が必要となるため、石炭が必要になったんですよ」
「なるほど。それで石炭と、鉄鉱石も持ち帰るようご指示があったのですな」
俺の説明に、船長は得心がいったようで頷いている。その通りで、今回は石炭の他に鉄鉱石も持ち帰って貰っている。
……と、そう言えば回収という意味では大事なことを忘れていた。それはそれは大事なものを頼んでいたのだった。
「船長、ときに私がお願いした例の植物は手に入っていますか?」
「例の植物……ああ!」
船長は一瞬何の事やら分からない顔をしたものの、俺から頼まれた事と言うことに思い当たったようでポンと手を叩いた。この様子からすると、忘れずに遂行してくれたようだな。
「それについてはこちらの箱に。これだけご指定通り個別に魔石を使い、厳重に保管して御座います」
そう話す船長の指し示した箱、それだけは所々箱の表面が凍り付いている。その理由は分かっている。この箱だけ中で出力の弱い〈酷寒の魔石〉を使用している為である。
「ああ、有難う御座います。この為だけに寄り道をしなければならなかったでしょうし、大変だったんじゃないですか?」
何しろこの箱の中身は西の大陸でも恐らく北部でないと採れない物である。それを手に入れる為に態々北の港まで寄らなければならなかったことを考えると、感謝の念以外感じ得ない。
「いえ、その他にも色々と面白いものが手に入ると分かりましたから、今後の取引でも有用な情報が手に入ったと言えるでしょう。……まあ、例の問題が片付けばですが……」
船長は複雑な表情を浮かべている。まあ何しろ、国王陛下より今後西の大陸へ向かう許可を頂けなければ、二度と足を踏み入れることは無いだろうからな。
「まあその辺りはお沙汰を待ちましょう。さて……」
俺は氷漬けになった箱の蓋を力尽くでこじ開け、中身を確認した。その中には俺の想像していた物が入っており、思わずほくそ笑んでしまう。
これで、例の魔石は創れる筈だ。
次回は明日の21:37に投稿いたします!