第一七七話「ところ変われば信仰の在り方も変わる、のかも知れない」
「つまり、西の大陸は邪教の本拠地だったという事ですか?」
「はい、そういう事です。……ああ、大丈夫です。その事実を知らなかったのですし、宰相閣下に説明もしましたが問題無いと仰っていましたよ」
自分が取引を行っていた相手が邪神と扱われているアブネラを奉ずる連中だった事を知り青ざめていた船長に、俺はゆっくりとそう説明した。アブネラへの信仰は少なくともこの大陸内では国際的に禁止されている為、それに関わった自分も罰せられると思ったのだろう。
「し、しかしそうなると、今後あの大陸とは取引が出来ないという事でしょうか!? 折角見つけた新大陸がそのような場所だなんて……!」
船長はずいっと俺たちに顔を近付け嘆き始めた。相変わらず暑苦しいが気持ちは分かる。多大な苦労を重ねて見つけた取引先に問題があったのだ。
……だが、しかし。その辺りはシュノール宰相閣下に相談し、打開策は考えてある。
「船長。アブネラを奉ずる事が何故問題か、分かりますか?」
「え? ……き、危険、だからでしょうか? 邪教徒の手先の、邪術師と呼ばれる連中は命を弄ぶと聞いています」
「……まあ、その通りですね。大陸の歴史の中で度々現れる邪術師たちは罪も無い人たちを生贄にして力を付け、そして混乱を呼んできました。数年前にはザルツシュタットにも現れていますが、伝承の多くで語られていた通りの相手でした」
フェロン、アデリナ、そしてエメラダ。今まで遭遇した邪術師たちはいずれも船長の言う通りに命を弄ぶ存在だった。
だったら何故、船団は全員無事に帰還する事が出来たのだろうか?
果たして、西の大陸のアブネラに対する信仰とこの大陸のそれは同じ内容なのだろうか? もしかすると、この大陸のアブネラ信仰が捻じ曲がっているだけなのではないか――と、宰相閣下は仮説を立てておられたのだ。
「船長、向こうの人たちはどのような雰囲気でしたか? 私たちが想像する邪教徒のように、命を弄ぶような存在に見えましたか?」
「……い、いえ……。むしろ、町の子供から老人に至るまで、色々な方々から長旅で疲れた身体を労って頂きました。水夫一同、彼等とは非常に友好的な関係だと思っております」
友好的、か。まあ表向き欺いている可能性だってあるが、子供まで裏の顔を持っていることはあるまい。恐らく――
「……きっと向こうのアブネラ信仰は、本当に平和を目指しているのだろうな」
「平和……ですか? 邪神アブネラを信仰する者たちが……?」
俺の呟きを聞いた船長が、眉間に皺を寄せて尋ねる。まあそう思うのも仕方無いのだろうが、俺はアブネラの神殿騎士から聞いたのだしその点は間違い無い。
「ある者から確認したんですが、アブネラの理念は世界平和だそうです。この大陸で暴れていた邪教徒を思えば、大凡そんな風には思えないのですけれどもね」
思えば、邪神アブネラを奉ずるケチュア帝国がサクラ帝国を滅ぼしたのにも意味があるのかも知れない。あの国は長きに亘り内乱を抱えていたのだし、平和とは程遠い場所だった。そんな場所を平定したかったと本気で考えた、とかな。
その辺りにしたって、先ずは話を聞いてみなければ分からないのだ。こちらの憶測だけで全てを終わらせる必要も無いだろう。
「……さて、それで次回の西への航海についてですが、継続するかについては国王陛下のお考え次第となる為、少しお待ち頂けますか」
「で、でも、国際法で邪教徒との接触は禁じられていますよね?」
船長はまさかの取引継続の可能性に泡を食っているようだが、事情が分かってからでも遅くは無い筈だ。ま、あの大陸を取引相手から切り捨てるのは惜しいと言うのが本音だが。石炭は欲しいしな。
「ところ変われば事情も変わる、です。陛下がどう判断されるかにもよりますが、相手の事情も確認しないまま切り捨てるのは早計――とまあ、これは宰相閣下が仰った事ですが。でもこれだけは約束します。もしアブネラの教徒と取引をしていた事が非難されても、その責は我等で被りますよ。その旨、継続となったら書面上で契約をしましょう」
「そ、そんな……、そこまでされるのですか……? あの土地にそこまで固執する価値が……?」
「ああ、その価値については――おい、出番だぞ」
「んがっ」
俺がうたた寝をしていたアイネを突っつくと、石炭学者様は一瞬白目を見せたものの、直ぐに「石炭ですね!」と瞳を輝かせ始めた。覚醒はえーな。
次回は明日の21:37に投稿いたします!