第一七六話「点と点は繋がり、そして計画は加速する」
「そっか……、錬金銃は、そんな使い方をされることになるんだね……」
町での用事から戻ったレーネにロマノフ帝国が行っている錬金銃の研究目的を話すと、彼女は複雑な表情をしながらもあまりショックを受けた様子は無かった。
「なんだか、予想はしていたって感じだな」
「まあね。内乱目的、までは予想していなかったけれど、ブルクミュラー侯爵領で起きている事件を聞いた時に、もうどうしようも無いって分かってたから」
成程、レーネには其処まで予想がついていたということか。ブルクミュラー侯爵領で起きている事件とは、この間トールさんから聞いた、〈錬金銃〉ではなく〈銃〉で起きている発砲事件のことだったな。
そう思うと、その話を聞いた時既に彼女の腹は決まっていたのだろうな。俺よりよっぽどしっかりと考えていたらしい。傷つくだとか考えていた俺は、何時も通り過保護だったと言う訳か。
「……でも、まだ完全な複製には時間が掛かると思うよ。弾薬の薬は私にしか作れないから。あのレシピは偶然の産物だったからね」
「他の錬金術師がそれに至る可能性は低いと?」
「うん。詳しくは言えないけど、よっぽどマニアックな調合をしている時に閃いたりしなければ、ね」
俺にも詳細は教えない方が良いって事なのか、レーネは言葉を濁してそう説明した。マニアックな調合って何だろう、とそっちの方が気になってしまうが。
「とは言え、弾薬の薬を別のモノで代用することは考えられるね」
「火薬だっけか? それにも種類があるのか」
「もちろん。私が秘匿している火薬は錬金銃の魔力回路を通して引火させる特別製だけど、それ以外の火薬でも、機構の構造を変えれば弾丸を発射させる事も出来るよ。ただしその場合、目標へ自動で命中する機能が付かなく――」
其処まで話したレーネと俺は、顔を見合わせた。
「……なあ、ブルクミュラー侯爵領で起きている発砲事件が、まさにそれなんじゃないか?」
確かトールさんが話していた内容によれば、発砲事件で使われた物は錬金銃ではなく、必中機能の無い只の〈銃〉だった筈だ。
「……私もそう思った。ということは――」
俺たちははっきりと理解した。点と点が繋がったことを。
そしてその事件の発生は恐らく、ロマノフ帝国の暗躍があっての事なのだと。
数時間前に連絡していたばかりと言うのに再度連絡をするのは忍びなかったが、俺は急いで〈信連の魔石〉を使って王都に超長距離通信を繋いだ。
陛下は政務中との事でシュノール宰相閣下に応対して頂けたが、殊の外帝国の動きが速いことに宰相閣下も嘆息しておられた。頭の痛い話だろう。
そしてすぐにライヒナー候の下を訪問し、同じ事を報告した。その結果として、町の新しい外壁建設作業の着手を早める事を検討する事にも繋がったのである。
「やあ、やあ、お待たせしましたハントヴェルカー卿! お久しぶりです!」
会議室として使っている港の施設の一室に慌てた様子で飛び込んできた筋肉質で浅黒い肌を持つ男は、その風体に似合わず人懐っこい笑みで俺との再会を喜んでいた。西の大陸へ再訪した船団の旗艦〈ノイヴェルト〉号の船長カーマンさんである。まあ俺もライヒナー候も『船長』としか呼んでいないが。
「お久しぶりです、船長。今回も無事に戻られたようで何よりです」
俺は立ち上がり、力強く握手をして再会出来たことを祝福した。流石は船乗りたちの筆頭である。一九八センチある俺とそう身長が変わらない。
「ええ! 前回は航海中に一人この世を去ってしまいましたが、今回は無事に全員ザルツシュタットへ帰還することが出来ました! これもハントヴェルカー卿のお陰です! あの魔石があったからこそ、我等の健康が保たれたのですから!」
「私は大した事をしていませんよ――と謙遜したら、またライヒナー候に怒られてしまいますかね。お役に立てたようで何よりです」
全身で喜色を露わにしている船長へ、俺は苦笑しながらそう答える。今回の航海前に、色々と使えそうな魔石を渡しておいたのである。この様子を見る限り、その内の一つである〈酷寒の魔石〉は相当役に立ってくれたようだ。あれを倉庫に置いておくだけで食べ物が腐るのを防げるからな。
「此度はライヒナー候が別件で不在の為、私とこちらの――石炭学者のアイネがお話を伺います」
「よっ、よろしくお願いします!?」
アイネはガチガチに緊張しており、裏返った声を張り上げた。なんで疑問形だよ。
「……何故緊張している?」
「だ……だって、リュージさん何時もと雰囲気違うし、お貴族様の公務に加わるなんて思わなかったんですよう!」
「……お前は石炭の所だけ聞いていればいいから」
小声で聞いてみれば割とどうでも良い事を気にしていた。俺だって貴族の体面というモノがあるんだよっ。
「そうそう、そうですハントヴェルカー卿! お借りしていた魔石のお陰で現地人との会話がスムーズに運びました! 此方の望む物も手に入りましたし、次回は向こうが望む物も持って行けるでしょう!」
「それは良かった、上手く行ったようですね」
着席するなり早速今回手に入れた物の目録を見せてきた船長が早口で捲し立てた内容に、俺はほっと胸を撫で下ろしていた。〈カシュナートの魔石〉により、知らない土地での会話も問題無く行えたようだ。
ならば、確認しておかねばならない事がある。
「船長、輸入品の話をする前に一つ確認をしておきたいんですが――現地の港町が属する国、そこはケチュア帝国ではないですか?」
「……はい? 何故、その事をご存知なのですか?」
船長は心底驚いた様子で目を丸くしている。やはり、そうなのか。
ケチュア帝国はサクラ帝国を滅ぼし、そして――邪神アブネラを唯一の神として奉ずる国だ。今後も取引を行うのであれば色々と気を付けなければならないだろう。
「ならば船長、話しておかねばならない事があります」
俺はそう前置きをした上で、ケチュア帝国についてミロスラーフから聞きかじった内容を話して聞かせたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!