第一七五話「彼等がそれを知っている理由は」
「………………」
陛下への報告の後、俺は家の屋根に上り、一人で考えに耽っていた。何について思いを馳せているのかと言えば――
「……錬金銃の複製で内乱を誘発、か……」
元々はレーネが身を守る為に産み出した武器が、邪教徒の手に渡り、ロマノフ帝国の周辺諸国で内乱を起こすことを目的として大量生産されようとしている。俺は、これを妻へどう伝えたものかと苦慮しているのだ。
幸いと言うか何と言うか、先程陛下へ報告をしていた時レーネは別の用件でどうしても町の方へと行かねばならなかった為、不在だったのである。……まあ、だからこそ俺はこうして悩んでいる訳なのだが。
「おっ、居た居た。何してんだよ伯爵様」
「…………ん?」
突然の声に振り返ってみれば、やはりミロスラーフが屋根に這い上がって来ていた。何だよ、一人で考え事をしていたというのに。
「何してるって、見ての通りだ。黄昏れてる」
「大方アレだろ? 錬金銃が他国に渡って乱用されようとしていることを女房にどう伝えようか考えてたんだろ?」
「………………」
詳細に亘り図星を突かれてしまい、俺は二の句が継げなくなってしまった。なんで分かるんだよ。
ミロスラーフは俺の隣に腰を下ろすと、春の陽気に当てられたのか大きな欠伸をしている。こうしていると只のおっさんなのだが、邪神アブネラの神殿騎士で、その上とんでもなく強いんだよな……。
「で、どうすんだ?」
「どうするも何も……」
横からぐいっと迫られ、俺は言い掛けた言葉を飲み込む。そもそもなんで俺はこのおっさんに詰められているのかよく分からんのだが。
「……黙っていても何時かはレーネの知るところとなる。だったら俺が教える他無いだろう」
例え俺が伝えなかった所で、いずれは問題が顕在化する。ロマノフ帝国の錬金銃に対する研究が何処まで進んでいるのかは分からないが、ミロスラーフは時間の問題と言っていた。
だったら黙っているより、きちんと話した上で対応を考えるべきなのだ。
そう説明したら、ミロスラーフは「まあそうだろうな」とつまらなそうに答えた。此奴からすればこの情報がバイシュタイン王国内に知れる事は不本意なのだろうが、生憎黙って内乱を待っているつもりは無い。
「大体、世界平和の為に他国で内乱を起こすってのはどういう了見なんだ? 争いが増えていくだけなんじゃないのか?」
「俺に聞かれても分からねぇよ。俺は教皇猊下の命令に従っただけだ」
シンプルな俺の質問に、ミロスラーフは可愛げも無く口を尖らせてそう返す。まあおっさんに可愛げなど求めては居ないが。それにしても地下組織の癖に教皇とは随分と大層なご身分が居るものだな。
まあ内乱を誘発させようとしている〈グアレルト〉のみに関わらず、邪教徒の考えている事は理解不能な訳なのだが。明らかに混乱を招くような行為ばかり行っていたエメラダも〈神技〉である〈神殺し〉の力を持っていたし、恐らくは彼女の行動もアブネラの理念には沿ったものだったのだろうが、やっぱり俺には理解不能だ。
「……そうだ、ミロスラーフにはまだ聞きたいことが有ったな」
「あん? なんだよ。帝国や組織の事なら、俺も答えられる内容に限界があるぞ」
「いや、帝国や組織の事かと言われると微妙な所だが――何故帝国は、西の大陸と、其処に存在するケチュア帝国の事を知っているんだ?」
俺は先程の陛下による尋問で質問攻めに辟易しているミロスラーフに対して、そんな彼にとっては割とどうでも良いようなことを尋ねてみた。
そう、ザルツシュタット所属の船乗りがようやく見つけた西の大陸について、何故帝国はその存在を知っているのか。しかも俺たちよりも詳しく、だ。
そんな俺の疑問に、ミロスラーフは一瞬意味を理解しかねる表情を浮かべていたが、すぐに手を叩いて「そういう事か」と頷いた。
「そうか、それも帝国じゃ常識の話ではあるんだが、他国じゃそうでもないって事か。……大昔、ロマノフ帝国の西側にケチュア帝国の船乗りたちが流れ着いた事があったんだよ」
「船乗りたち……? よく辿り着けたもんだな」
ザルツシュタットでも最近になってようやく西の大陸へ辿り着いたと言うのに、流民とは言え、反対側からは大昔の時点で既に成し遂げていたのだな。
と驚いたら、ミロスラーフは「潮流が逆だから西から東へは運が良ければ辿り着くらしい」と答えた。おっさん曰く、ロマノフ帝国西海岸は丁度西からの潮の流れがぶつかる場所なのだそうな。
「んで彼等こそが――アブネラ様を奉ずる信徒たちの祖、って訳だ」
そしてとんでもなく重要な事を、こうしてサラッと伝えられた訳なのであった。
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