第一七四話「立場が変われば解釈も変わるものではあるが」
『……すまん、聞き間違いで無ければ……世界平和だと言ったか?』
数秒間の沈黙の後、困惑の色濃い陛下の声が魔石から響いた。俺も同様に困惑と言うか、余りに突拍子も無い答えに絶句する他無かった。
何しろ今まで戦ってきた邪教徒たちはおよそ平和という言葉とはかけ離れていた存在だ。目の前に居るミロスラーフだってその一人である。俺を暗殺しに来たのだし、その過程で二人の衛兵を殺しているのだ。
しかしミロスラーフの表情は真剣なもので、冗談などを口にしているようには見えなかった。となれば、彼等なりの信念があると言うのか?
「ああ、そうさ。もう少し噛み砕いて言えば、アブネラ様の理念はこの世から争うと言う考えそのものを排除する事だ」
『今までアブネラの信徒の行ってきた事が、それに結びつくと思えないのだがな。第一、其方は争いを好んでいるであろう?』
陛下のごもっともな御言葉には首が千切れんばかりに頷きたくなる。今まで邪術師たちは罪も無い人々を殺してきたし、ミロスラーフは戦いに飢えている。全くもって彼の話す理念とかけ離れているとしか思えない。
ミロスラーフは「まぁそうだよな」と呟き、ガリガリと頭を掻いた。無理のある事を話している自覚はあるらしい。
「先ず、俺が戦いを求めているという指摘は否定出来ねぇ。……だからこそ、俺はアブネラ様から嫌われていてなぁ。何十年と信徒をやっているのに、未だに〈神殺し〉の力を授かっていない」
あ、神殿騎士だと言うのに〈神技〉たる〈神殺し〉を持っていないのはそういう理由なのか。
通常、神の使徒たる神殿騎士や神官は〈神技〉と呼ばれる特性を神から授かっているものだ。それは各々が奉ずる神により異なっており、例えば光の神シグムントの〈神技〉であれば不死体を滅ぼす〈聖光〉と呼ばれている力で、アブネラの場合は〈神殺し〉が相当する訳だ。
だが、ミロスラーフのように神の理念、信念に反した存在であれば力を授かる事が無いという話を聞いた事が有る。通常、そんな人物は破門なりされると思うのだが――ミロスラーフはその強さから、彼の所属する組織も放逐することが出来なかったのだろう。
「……で、アブネラ様の信徒が行ってきた事については――正直な話、それが争いという考えを排除するに至る活動なんだろうが、俺も全容は理解してねぇんだ。……だが、組織やロマノフ帝国としては、最終的にその理想へ辿り着く為に行動していて、その際に生じる争いは看過している、って事位は知ってるな」
『理解出来んな……』
陛下の声に混じって聞こえた溜息は、恐らくシュノール宰相閣下とホフマン公爵閣下のものだろう。お気持ちは俺も理解出来ます。争いの無い世界を創る為に争いを生んでいるとか、考え方が狂人のそれだ。目的の為なら手段を選ばない究極の姿と言える。
『ハントヴェルカー伯爵を狙ったのも、その理念とやらの為か?』
……ああ、そう言えばそもそもミロスラーフは上司の命令で俺を狙って来たんだったな。であれば、俺の魔石がその理念に反していると言う事なのか?
「それはちと違うな。コイツの魔石は未知なる神の力を有していると聞いている。アブネラ様にとって、それは脅威となり得るからだ」
「……未知なる神の力を持つと言うのはその通りだが、それだけで排除される身にもなれ」
「そりゃそうだな」
俺の突っ込みに、ミロスラーフは小さく肩を竦めてそう返した。そう思うのならば最初から命を狙ったりしないで欲しい。
ミロスラーフが言った通り、俺が持つ〈シグムントの魔石〉や〈フューレルの魔石〉など『ギフト』と呼んでいる魔石はそれぞれ神々の名を冠しているが、その中で〈エルムスカの魔石〉だけは聞いた事の無い名前であり、未知の神であると結論付けている。それ故に、神の力を無効化する邪術師たちの〈神殺し〉の力が働いていても、この魔石だけは力を失わないのだ。
『ならば次の質問だ。アブネラの信徒共の組織、その名前と、次に打ってくる一手は何か教えよ』
陛下の核心に迫ってゆく質問に、ミロスラーフは「あー……」と天井を仰いだ。そろそろ答えづらくなっているのだろうが――
「……其処から先は、流石に教えられねぇかなぁ。一応、ロマノフ帝国の暗部だし、俺も組織の一員だからな」
『リュージよ、スズを呼んで参れ』
「ああ、分かった、分かった。答えるって」
珍しく慌てた様子でミロスラーフが前言を撤回する。隷属魔術の主であるスズに掛かればどの道答えざるを得なくなるからな。陛下も容赦の無い御方である。
ミロスラーフは一旦息を整え、そして今までに無く低い声でそれを告げる。
「組織の名は〈グアレルト〉――古代ロマノフ語で『地平線』って意味だな。そして次の一手は――周辺諸国における内乱の誘発さ。その為に帝国では、例の錬金銃とやらの複製を急いでいる。まだ構造を完全には把握できていないようだが、ま、時間の問題だろう」
黒騎士の告げた内容に、俺たちが色めき立った事は言うまでも無い。
次回は明日の21:37に投稿いたします!