第一七三話「言ってることとやってる事が違うんだよなって」
※リュージの視点に戻ります。
自宅に帰ってから、俺は夫婦の部屋に設置してある〈信連の魔石〉を使った超長距離通信で陛下に直接連絡を取っていた。ミロスラーフについては衛兵詰所の牢にぶち込む事も考えたのだが、奴の口封じなどに来る邪術師により詰所に被害が出ないとも限らない為、ライヒナー候にお伺いを立てた上で此処まで連れて来ている。今はミノリが監視をしている所だ。
『成程な、ロマノフ帝国から来た邪教の神殿騎士か』
「はい、ミロスラーフの手により衛兵が二人殺されました。個人的な感覚で申し訳御座いませんが、奴程の手練れは見た事が御座いません。口封じなどがやって来る事を考えまして、ライヒナー候と相談し俺の家まで連れて参りました」
『苦労を掛けるな』
「いえ、元はと言えば俺を狙ってやって来た暗殺者ですので……」
陛下の言葉に痛み入るものの、殺された二人の衛兵の事を考えればそのような言葉を頂く資格など無いのだ。
『リュージよ、責任を感じるのも分かるが、衛兵が殺された真の理由については公表するでないぞ。新たな怨嗟が産まれる』
「……承知いたしました」
陛下にはお見通しか。ライヒナー候にも同じような事を言われてしまったが、正直な話、遺族に真相を黙っているのは辛いものだ。かと言って真実を話してしまえば家族が危険に晒される事だってあるだろう。断腸の思いで黙っているしか無いのだ。
『して、件の邪教徒は何処に居る?』
「今はミノリが付きっきりで監視しております。隷属魔術があるので下手なことは出来ませんが、念の為ですね」
『ふむ……、連れて来て貰えるか』
「…………はい?」
俺は陛下の言葉の意味が一瞬分からず、裏返った声で目の前の魔石にそう返してしまった。いえいえ、それ、マズいんじゃないですか?
「陛下、直接お話をされるとなりますと、〈信連の魔石〉の存在が知れる事になりますが……」
『構わぬ。それを押してでも話を聞く価値がある。余もゴットハルトとオッペルを連れて参る故、三〇分後にまた繋いでくれ』
「しょ、承知いたしました」
そう返答した直後に通信は切れてしまった。オッペルって誰だ、と一瞬考えてしまったが、シュノール宰相閣下の事か。ちなみにゴットハルトと言うのはホフマン公爵閣下の事である。つまり軍官と文官のトップを呼ぶ訳だな。
しかし……ミロスラーフは、素直に色々と語ってくれるだろうか。
「ほぉー、この魔石で王都と会話出来るってのか。なんか、うちの組織が俺に伯爵様の暗殺命令を下した理由が分かるような気がするぜ」
きっかり三〇分後、連れて来たミロスラーフはやっぱり〈信連の魔石〉に興味津々だった。そりゃな、〈念話〉の魔術も使わずに遠くの誰かと会話出来るなんて技術、他国だって喉から手が出る程欲しいだろうからな。
『話に入っても良いだろうか、ミロスラーフとやら』
魔石から陛下の声が届き、ミロスラーフは小さく驚きの声を上げたものの、どっかりと椅子に腰を下ろした。
「おっと失礼。アンタがバイシュタイン王国の国王陛下か。もうご存知だとは思うが、俺はアンタ等が〈邪教〉と呼んでいるアブネラ様の信徒で構成された組織から、ハントヴェルカー伯爵の暗殺命令で遙々ロマノフ帝国からザルツシュタットまでやって来た、神殿騎士のミロスラーフだ。宜しくな」
陛下相手にこの雑な応対である。まあそうだろうなとは思っていたが。
『ああ。そして此方はもう二人居る。騎士団長のホフマン公爵と宰相のシュノール公爵だ』
「宰相さんの名は知らないが……ホフマン公爵って事ぁ、〈鋼鉄公〉か」
『いかにも』
ミロスラーフが記憶からその異名を引っ張り出すと、ホフマン公爵閣下の声が返った。しかし国のトップであるお三方と暗殺者を引き合わせて本当に良かったのだろうか。胃が痛い。
「で、国王陛下よ。こんな国家機密レベルの魔石まで存在を教えた上で、何の情報を教えて欲しいんだ?」
『ほう? すんなりと教えて貰えるのか?』
お互いに牽制し合うような会話から始まる。先程は俺の戦い方について種明かしをする代わりにロマノフ帝国の話を教えて貰ったが、陛下の仰る通り、果たしてこの男が答えてくれるのだろうか?
「まあ、内容によるな。伯爵様には勝負を挑み敗北したから色々と教えたが、俺が他国の国王陛下にそんな事をしてやる義理は無い」
『我が国の民を殺し、しかも伯爵の暗殺未遂と言うのは十分に義理立てする理由になると思うが……まあ良い。其方の言う事も理解出来ないことは無い』
「おっ、意外と話が分かるねぇ。〈英雄王〉の異名は伊達では無いって事か」
陛下の御前……いや御前って言うのか微妙な所ではあるが、そんな場においてもカラカラと無遠慮に笑っているミロスラーフの態度に、シュノール宰相閣下とホフマン公爵閣下がどういった反応を示しているのか、若干怖い。
『一先ず、教えて貰いたい事はそれ程大した事では無い。……アブネラを奉ずる組織の、目的は何だ?』
そんな陛下の質問に、ミロスラーフは小さく「へぇ」と零し、笑みを浮かべていた。
いえ陛下、それは十分大した事だと思うのですが……?
「良い質問だな。確かに、うちの組織は普通の宗教組織と違って布教以外の目的がある。何しろ、布教しようとしても禁止されているんだからな」
そこで一旦息を吐き、次にミロスラーフが告げた邪教徒たちの目的。
それは、何とも理解し難いものであった。
「アブネラ様の理念にして我等の目的。それは――世界平和さ」
次回は明日の21:37に投稿いたします!