表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

172/209

第一七二話「幕間:小さな淑女」

※三人称視点です。

 リュージたちが港の倉庫(そうこ)でミロスラーフの襲撃(しゅうげき)を受けたその日の午後のこと。


 彼の家の裏庭(うらにわ)ではミノリの(いさ)ましい声と木剣(ぼっけん)による剣戟(けんげき)の音が鳴り(ひび)いていた。


「くぅっ……、片手剣一本相手に双剣(そうけん)で向かってるのに、なんで当たらないのっ!」


 ミノリは何時(いつ)も通り木剣二本のスタイルで戦闘(せんとう)訓練(くんれん)を行っているのだが、今日の相手はリュージでは無い。


無駄(むだ)に急所を(ねら)()ぎなんだよ。太刀筋(たちすじ)が見え見えだ。後、使えるものは剣でなくても使え。お前の兄貴(あにき)みたいに体術(たいじゅつ)とかな。お行儀(ぎょうぎ)良く対人(たいじん)戦闘は出来(でき)ねぇぞ」


 (よろい)()ぎ、木剣一本でミノリの攻撃(こうげき)(ことごと)くいなしているミロスラーフが、汗一つ()くこと無く冷静(れいせい)にそう()げた。彼の普段(ふだん)獲物(えもの)大剣(たいけん)ではあるが、片手剣でも普通に(あつか)う事は問題無いどころか第一等冒険者(ぼうけんしゃ)であるミノリの攻撃など児戯(じぎ)のようにあしらっている。


(うそ)でしょ……? ミノリ姉さんが一本も入れられないなんて……」


 先程(さきほど)までミノリと訓練を行っていたアイが、目の前で()り広げられているミノリの一方的(いっぽうてき)な攻撃と、それを完璧(かんぺき)(ふせ)いでいるミロスラーフの姿(すがた)に、ただそう(つぶや)くことしか出来なかった。


「おら、一旦(いったん)(しま)いだ。休憩(きゅうけい)にするぞ」

「はぁっ、はぁっ……」


 ミロスラーフに言われ打ち()みを止めたミノリは疲弊(ひへい)し、汗だくになりながら(かた)で息を()いていた。かれこれ三〇分は打ち込み続けた方は疲労(ひろう)困憊(こんぱい)だと言うのに、防御(ぼうぎょ)していた(ほう)はと言うと(すず)しい顔をしている。


「相手になってくれと言われたから乗ってやったが、防御と攻撃ってなぁ本来(ほんらい)一体のモノだ。俺が攻撃出来ねぇ以上、この打ち込みに意味なんてあったとは思えねぇな。……あぁ、お前さんの(うで)がまだまだだって事は分かったが」

「う、うぅ……」


 ミロスラーフから辛辣(しんらつ)評価(ひょうか)され、ミノリは項垂(うなだ)れてしまう。彼の言う通りであり、一方的に攻撃出来て、()つ防御を気にしなくて良い状況(じょうきょう)など有りはしないし、そんな訓練など行っても意味の無い事なのである。


「なんなら、隷属(れいぞく)()いてくれても良いんだが?」

「それは……駄目(だめ)


 意地(いじ)の悪い笑みを()かべたミロスラーフに、ミノリはようやく息を(ととの)えてきっぱりと答える。黒騎士(きし)は、(まった)残念(ざんねん)そうで無い表情(ひょうじょう)で肩を(すく)めた。


「ミノリおねえちゃん、おつかれですか?」

「へ? ……って、うわっ!? マリー!?」


 彼女が落ち込み色々(いろいろ)と考え事をしている内に(あらわ)れた、リュージとレーネの次女マリアーナが不思議(ふしぎ)そうに自分を見上(みあ)げていることに気付(きづ)き、ミノリは(おどろ)(かた)まってしまった。普段この(むすめ)が裏庭に来る事など無い(ため)油断(ゆだん)していたのである。


「お? なんだチビ助。エルフ……いやハーフエルフか。伯爵(はくしゃく)様の娘か?」


 物珍(ものめずら)しそうにミロスラーフがそう呼び()けると、マリアーナは彼の方を見て一旦は首を(かし)げたものの、自分を呼んだのだと気付いた為、両手でワンピースの(すそ)()まみ、黒騎士へと可愛(かわい)らしいカーテシーを披露(ひろう)した。


「ごきげんよう、マリアーナともうします。はじめまして」

「……ちっこいのに随分(ずいぶん)礼儀(れいぎ)正しいなおい」

「しゅくじょですから」


 その言葉に、マリアーナを(のぞ)く全員が()き出してしまう。小さな淑女(しゅくじょ)はそれが自分の発言による反応だとは(つゆ)知らず再度(さいど)首を傾げてしまった。


「ええと、おじさまのおなまえをおうかがいしてもよいですか?」

「クックッ……あぁ、俺はミロスラーフだ。アブネラ様の忠実(ちゅうじつ)信徒(しんと)さ」


 すんなりと答えてくれた目の前の男の言葉に、マリアーナは少しの間考え込んだ。言葉の意味が分かっていない(わけ)では無い。


「……アブネラって、じゃしんアブネラですか?」


 邪神(じゃしん)アブネラについてはリュージとレーネの教育もあり、マリアーナは理解(りかい)しているようでそんな質問を投げ掛ける。


 全く悪意(あくい)の無い幼女(ようじょ)の質問に、ミロスラーフは「あー……」とミノリとアイの方を見て頭を掻く。リュージの妹と長女の二人は、彼に「余計(よけい)な事は言うなよ」といった視線(しせん)を送っていた。


「……まあ、みんなそう呼んでいるな。俺たちは邪神だなんて思っちゃいないが」

「そうなんですか?」

「ああ、何を神と(ほう)じ何を邪神と(だん)ずるなんざ、所詮(しょせん)は人が決めた事だからな」


 ミロスラーフのその言葉に(しば)しマリアーナは考え込んでいたが、数秒後、ぺこりと大きく頭を下げた。


「じゃしんってよんで、ごめんなさい」

「…………ホント、出来たチビ助だな。おい、お前等も見習え」


 すっかり毒気(どくけ)()かれたミロスラーフがミノリとアイにそう言い(はな)ち、二人は困惑(こんわく)の表情で顔を見合(みあ)わせたのだった。


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ