第一七一話「まさか国際的な大問題だなんて思わないじゃないか」
サクラ帝国はここからずっと東、大陸の東端にある国で、東の海を越えた先にある大国に滅ぼされた訳である。
だが、ミロスラーフ曰く、サクラはここから西にある大陸のケチュア帝国とやらに滅ぼされたらしい。これでは辻褄が合わない。
そう俺が疑問を投げ掛けてみると、少し考え込んだミロスラーフは「ああ、成程な」と何かを理解したように頷いた。
「ここから西のケチュア大陸は、サクラ帝国の東の海を越えた先にある大陸と同一だぞ?」
「………………」
俺は更にミロスラーフが言っている事の意味が分からず、無言でスズに助けを求めた。最早混乱して尋問どころではない。
「リュージ兄、スズは聞いた事がある。世界は丸くて東と西は繋がっているって話。このおっさんが言ってる事が本当なら、それの裏付け」
「おっさん言うなや。だが、そこの魔術師の嬢ちゃんが言う通りだ。世界は丸い。ロマノフ帝国では常識だがな」
「世界は、丸い……」
全くイメージが掴めない。丸いって何だ? じゃあ地図が四角いのは間違っているのか?
「……あー、なんかリュージが混乱してるみたいだから、私から質問するね」
混乱して頭を抱える俺に代わってレーネが進み出た。え、レーネはこの事実をすんなりと理解したのか? 流石は天才だなぁ……。
「おっとエルフの美人さんからか。何でも答えるぜ。その代わりに今晩メシでもどうだ?」
「おい、人の女房に色目使ってんじゃねえ」
「あ、復活した」
抱えていた頭を振って妻をナンパしているミロスラーフに噛み付いたら、スズも含め三人に揃って笑われてしまった。くそう。
「……まあ、世界が丸いとかまだ理解出来て居ないんだが、西の大陸のケチュア帝国? その国が故郷のサクラ帝国を滅ぼしたという話は、取り敢えず受け入れる事にする」
「俺が嘘を言っているって思わないのか、伯爵様よ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべているミロスラーフに、俺は「それは無いだろう」とかぶりを振って見せた。世界が丸いとか、嘘を吐く意味が無いし、それに――
「高等魔術師の前でそんな事が無駄だってのは聡いお前なら理解している筈だ」
「えっへん、スズは高等魔術師」
なんか偉そうにうっすい胸を反らしている妹が居るが、まあ放っておこう。
世界が丸いとかサクラ帝国が西の大陸にある国に滅ぼされたとか、そこはあまりポイントでは無い。どちらかと言うと、何故此奴がそんな事を知っているのかが気になるし――俺の推測が確かならば、この邪教の神殿騎士と言う存在はとんでもない事実を示している。
「確認しておきたいんだが、お前は帝国の人間なのか?」
俺は気になった事を尋ねてみる。ミロスラーフは世界が丸いことを「ロマノフ帝国では常識」と言っていた。
「……ま、話の下りからその辺りは分かるわな。そうだ、俺は生まれも育ちもロマノフ帝国よ」
俺の質問に縛られたまま肩を竦めてそう返す黒騎士。やはりそうなのか。となれば――これはロマノフ帝国にとって、そして諸外国にとってマズい事実なのではないか?
「お前程の騎士であれば国内に知れ渡っている存在の筈だ。有名な騎士が国際的に邪神と呼ばれているアブネラを奉じているのなら、それも知れ渡っている筈。何故ロマノフ帝国はそれを放置しているんだ?」
「……あっ」
次の質問の意味する所を理解したらしいレーネが小さく声を上げた。妻も、これがのっぴきならない問題である事に気付いたのだろう。
そう、こんな強すぎる騎士がロマノフ帝国内で無名の筈は無い。ならば――答えは一つだろう。
「そこまで推理出来てりゃ、俺が答えるまでも無いんじゃねぇか?」
「お前の口からはっきり聞きたい」
皮肉っぽい言い方をするミロスラーフに俺がはっきりそう答えると、黒騎士は「そうだよなぁ」と倉庫の天井を仰いだ。
「……想像の通りだ。俺たちアブネラ様の信徒共は、ロマノフ帝国からはっきりと認められた存在なのさ」
「………………」
つまり、ミロスラーフが言っている事とは、こうだ。
ロマノフ帝国は対外的に邪教の存在を許していない姿勢を見せているが、その反面、国内では信奉することを禁止していない、と言う事だ。
「……これって、国際的にとんでもない問題なのでは?」
「私もそう思うよ」
俺は頭を抱え、レーネもスズも小さく溜息を吐いていた。
まさか俺たちが散々苦労して戦ってきた相手が、ロマノフ帝国が国ぐるみで保護している存在なんて思わないじゃないか。
「陛下にお伝えする事が増えてしまった……」
俺は痛む頭を擦りながらそんな事を呟いた。まあお伝えした所で、ロマノフ帝国をこの件で非難する事は出来ないだろう。たった一人の邪教徒が言っている事だ。帝国は否定するだろうし、非難した事に対し報復をしてくる可能性だって有る。
「で、俺はどうなるんだ? そろそろションベンに行きたいんだが」
ミロスラーフは拘束された身体を揺すりながら、そんな緊張感の無いことを宣っている。このまま拘束しておけば害は無いのだが――
「取り敢えず、口封じされないような手段を執る事にする。スズ、隷属魔術を頼む」
「ん。りょうかい」
はあ……、全くもって厄介な問題が出てきてしまったなぁ……。
次回は明日の21:37に投稿いたします!