第一六九話「戦いたけりゃ他所でやって欲しいのだが」
「おらぁッ!」
先手はミロスラーフの豪快な唐竹割りだったが、流石にそんな大振りは読めるし躱せる。俺は半歩下がり、その大剣の軌道から逃れた。
すると次に黒騎士は俺を追うように稲妻のような速さで半歩踏み出し、切上を放ってきた。……が、それもある程度は読めていた為、更に半歩下がり斬撃の範囲から外れる。
しかしこのままではやがて俺の背後に居るレーネたちの所へ辿り着いてしまう為、こちらとしても下がってばかりでは居られない。刃の届かぬ範囲を回るようにミロスラーフに向かって左側へと回り込む。
「おいおいなんだよつまんねぇな! 逃げてんじゃねぇ! 掛かって来いよ!」
切り上げた大剣は――予想通り隙だらけなどではなく、その重量を無視するように弧を描いて頭上から俺に襲い掛かってきた。なんて力だよ、おい。
俺は移動の速度を少し上げ、更にその斬撃をすれすれで躱しつつ――横薙ぎに軌道を変えた大剣の腹を下から右拳で軽く叩いた。その衝撃でほんの僅かに大剣の行く手が上向きへと変わる。
「うおっ!?」
「ふっ」
驚きの声を上げたミロスラーフの獲物は奴の望まぬカーブを描き、黒騎士はバランスを崩した。俺は息を吐き、更に左足を大きく踏み込む――つもりだった。
「………………」
俺は踏み込もうとした左足を下げ、バックステップでミロスラーフから大きく離れた。猛烈に嫌な予感を覚えた為である。
「おう、どうした? 絶好のチャンスだっただろうが」
「何がチャンスだ。ふざけるな」
ニヤニヤと楽しそうに笑うミロスラーフに対して、俺は不快であることを隠しもせずに顔を顰めてそう返した。
今のは危なかった。恐らく、踏み込んでいれば命は無かっただろう。この男、俺が間合いに入ったらそのまま大剣を一回転させて横薙ぎに斬撃を放つつもりだったのだ。
しかしながら俺が踏み込まなかったのを見て瞬時にその行動を中止した辺り、此奴はその怪力だけでなく、優れた判断能力も持ち合わせているようだ。くそ、戦闘技術は明らかに相手の方が格段に上だ。
「おっと、気付かれていたか。お前さんの首を刎ねるつもりだったんだが」
がちゃり、という音と共にミロスラーフは肩を竦めた。こんな重鎧を着込んでいると言うのにこのスピードだ。此奴は邪教徒だし、恐らく――
「……一流の剣技に〈魔晶〉の力が加わると、こうなるのか」
思わず口からそんな言葉が漏れてしまった。邪術師が人の命を用いて生成する物質、〈魔晶〉を使えば身体能力を大幅に強化することが出来る。此奴もそうなのだろう。
そう思っていたのだが――何故か俺の言葉を聞いたミロスラーフは、その口を不満げに曲げていた。
「あん? 俺は〈魔晶〉なんざ使ってねぇよ」
「…………は?」
なんだと? この男、〈魔晶〉無しでこの怪力なのか!?
俺が唖然として固まっていると、ミロスラーフは大きく嘆息して自身の鎧をカンカンと拳で叩いた。
「あのなぁ、俺は己の鍛えた身体でアブネラ様を阻む難敵と戦いたいだけなんだよ。〈魔晶〉なんざ使ったらつまんねぇだろうが」
「………………」
俺は余りにも常識外れな存在を前にしていることを知り、絶句する他無かった。つまり、なんだ。此奴は〈魔晶〉や付与などを使っておらず、極限まで鍛え上げた身体だけであんな怪力を生んでいると言うのか。
「……おう、どうした? 黙っちまって」
「化け物って居るんだな、って思ったんだよ……」
「おう、褒め言葉か?」
「そう捉えてくれ……」
カラカラと笑うミロスラーフに対して、俺はそう返すのが精一杯だった。頭が痛い。
あの〈鋼鉄公〉ですら〈大金剛の魔石〉の防御障壁は破れなかったが、この男の斬撃ならば容易く破ってくるだろう。そんな気がする。
だとすれば、剣技ではミノリよりも上、力では〈鋼鉄公〉よりも上。そんな相手に付与術師である俺が敵う道理が無い訳なのだが。
「……けど、やるしか無いんだよなぁ……」
俺は小さく溜息を吐きながら、腰の魔石の一つに魔力を籠めた。〈震撃の魔石〉と呼んでいる〈練魔石〉で、超長距離通信を可能とする〈信連の魔石〉を創る過程で副次的に産み出されたものだ。果たしてこれが何処まで通用するかは分からないが、賭けるしか無いだろう。
「お? 何か魔石を使ったか。やっとやる気になったのか? いいねぇ、その顔」
「やかましい、俺は付与術師なんだよ。近接戦は本来専門外なんだから魔石を使っても文句を言うなよ?」
「カッカッカッ、言わねぇよ! 倒し甲斐がある相手になって逆に嬉しい位だ!」
構え直した俺に対して、ミロスラーフは満足げに哄笑を上げた。倒し甲斐がある、か。そんな相手が欲しいのなら近接戦専門の奴を当たって欲しいものだが、まあ、言っても聞くような奴ではあるまい。それに上司命令だろうし。
「さあて、じゃあ、仕切り直しと行こうぜ!」
再度、獰猛な獣の表情を見せたミロスラーフは、牙を剥き、俺へと向かって突進してきたのであった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!