第一六八話「邪教徒で無けりゃ美味い酒でも飲めそうなんだが」
「誰だ、貴様は」
手に持った杖を握り締め、俺は倉庫の入口に佇む騎士風の男に誰何した。警備兵だって素人では無いし二人居た。それを一瞬で屠ったとなると――此奴はかなりの手練れだ。
白髪の混じった黒髪をオールバックにした黒騎士の獲物は刃の幅がレーネの腰程はありそうな黒い大剣で、警備兵のものであろう鮮血がこびりついている。一体何者なのかを確認するのも大事だが、先手を打つことも重要である。そう思いレーネを見ると――既に魔術を放つべく準備に入っているようだった。この辺りは流石だな。
「さて、聞かれたからにゃあ名乗らねえとな。俺はミロスラーフ。アブネラ様に忠実な神殿騎士よ」
「……なんだと?」
俺はミロスラーフという男の言葉に驚きを隠すことが出来なかった。アブネラと言うと、言わずもがな邪神アブネラだ。その神殿騎士だと言うのか。
「まあ、神殿騎士っつっても、お前等に言わせれば〈邪神騎士〉ってのが妥当かも知れねえけどな」
ミロスラーフは肩を竦めてそう付け加える。その拍子に、がちゃり、と大きな音が鳴ったのは鎧のものだろう。
「……自身の崇めている神をそう呼ばれる事に抵抗は無いのか?」
「無いな。重要なのは自分がアブネラ様をどう考えているかって事よ」
俺の質問にも全く心を乱される事無くミロスラーフは淡々とそう答えた。迷いの無いその言葉に、俺は内心で「厄介な奴だ」という印象を受けていた。
自分の信念に一本芯が通っている者というのは得てして隙が無い。此奴は、エメラダのような只の邪教徒などではないのである。
「そうか、敬虔な信徒なんだな。感服する」
「そりゃどうも。……で、ここに来た理由だが、お前さんを殺す為だってのは分かるよな?」
ミロスラーフは俺の軽口に軽口で返したものの、その身体から強い殺気を膨れ上がらせた。背後のアイネが息を飲んだ音が聞こえる。学者様にはちと刺激が強いかも知れんな。
「悲しいことにな。お前は上の指示を受けて此処に居るんだろう? 神の力を持つ魔石を創り出す付与術師は危険だから殺せ、と」
俺がそう問うてみると、ミロスラーフは「話が早えな」と含み笑いを上げて頷いた。……となると、四年ぶりに邪教徒が俺を狙ってやって来たという訳か。
だがこの事態を想定して居なかった訳では無い。その為に魔石も充実させては居る。
「その通りさ。……だが、俺が此処に来た理由はそれだけじゃねえ」
「それは、どう言う事だ?」
ミロスラーフは平べったい大剣の切っ先を床に叩き付け、俺を睨み据えた。まるで獰猛な獣のような瞳だ。並大抵の人間だったら萎縮し、腰を抜かすかも知れない。
しかし、俺はレーネとアイネを守らなければならない。突然やって来た危険人物に尻込みする訳にはいかないのだ。
鋭い視線を涼しい顔で受け流す俺に、ミロスラーフは小さく鼻で笑って見せた。変わらない殺気に胃が焼け付きそうだが、耐える。
「俺はな、お前さんに興味があるのさ。伯爵でありながら付与術師、付与術師でありながら第一線で戦う、そんな人間にな」
「だったら見逃して欲しいんだが」
「そう言う訳にもいかねえし、俺の興味は――お前さんと戦う事だ。獲物はその杖じゃなくて、拳なんだろう?」
「……知っているのか」
「そりゃな、エメラダから聞いてるからな」
エメラダとも通じていたのか。まあ、俺を狙ってやって来た邪教徒ならば当然かも知れないが。
と言うか、戦う事が目的か。俺程度の人間が戦闘狂を満足させられるとも思えんのだが。
「お前はアブネラの使徒だし〈神殺し〉があるんだろ? 俺は本気を出せないぞ」
と尋ねてみたら、意外にもミロスラーフはかぶりを振ってそれを否定した。
「いや、俺には〈神殺し〉の力は無ぇよ。アブネラ様には嫌われててなぁ」
「それでも信徒をやっているのか」
「片思いの辛い所でね」
カラカラと笑う黒騎士。中々良い性格をしている。これで邪教徒でなければ良かったんだが。
「……さて、お喋りはここまでだ。そろそろやり合うとしようぜ。――ああ、其処のエルフ。俺たちに手を出したら先ずお前から殺すぞ」
そう言ったミロスラーフの左手が目にも見えない速さで繰り出されたかと思うと――レーネの後ろでドスンという音がした。振り返って見てみれば、倉庫の壁にナイフが突き刺さっていた。嘘だろおい。魔術の詠唱に入ろうと準備していた妻も目を丸くして壁を見つめている。
「……レーネ、手を出すなよ。〈大金剛の魔石〉が効くかどうかも怪しいからな」
「う、うん、気を付けてね……?」
俺はそう言って、妻に自分の杖を託した。徒手空拳で〈フューレルの魔石〉の加護を得る為である。そして腰に提げている魔石の幾つかに魔力を籠めて発動させた。
「そうそう、やっぱりタイマンが一番よ」
ミロスラーフの豪快な笑い声が倉庫内に響き渡る。
全くもってこれから殺し合いを始めるとは思えない空気では、あった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!