表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

167/209

第一六七話「招待もしていない其奴は、石炭の臭いを掻き消す勢いでやって来た」

 翌日、態々(わざわざ)俺の自宅まで押しかけてきたアイネに()かされ、俺は港のとある施設(しせつ)にレーネも()れ三人で(おとず)れていた。まったく、日の出直後に玄関(げんかん)(たた)きやがって。この学者は(にわとり)かよと思ってしまう。


 さて、この施設が何なのかと言うと――倉庫(そうこ)である。ただし港に()る他の倉庫とは(ちが)い、此処(ここ)には(れい)の別大陸から持ち帰った品々(しなじな)(おさ)められており、厳重(げんじゅう)管理(かんり)されているのだ。


「それでッ! 石炭(せきたん)何処(どこ)にあるのですかッ!?」

「……レーネ、ちょっと(だま)らせといてくれ」

「分かったよ」


 背後(はいご)を歩くレーネの声がしたかと思うと、ごいん、と強い音が続いた。少し()り返って様子(ようす)(うかが)ってみると、アイネが頭を押さえてしゃがみ込み、その後ろでレーネが(つえ)(かか)えニコニコ笑っていた。うちの妻、容赦(ようしゃ)無い。


「痛いじゃないですかレーネちゃん! 私の頭から石炭の知識(ちしき)が飛んでいってしまったらどうするんですか!」

「……そうきたかぁ」


 ぷんすこ怒るアイネに、レーネは若干(じゃっかん)生温(なまぬる)視線(しせん)を向けている。四年前、一時期()が家で暮らしていた事もあったアイネだが、その時からレーネは(わり)とこの学者様に辛辣(しんらつ)なのである。会った当初は意気(いき)投合(とうごう)していたので、馬が合わない(わけ)では無いのだが。


「落ち着けって何度言わせるんだアイネ。学術(がくじゅつ)ギルドにクレーム入れるぞ?」


 俺が溜息(ためいき)()きながらそう警告(けいこく)すると、アイネはひきっと口元を引き()らせた。ゴルトモントから亡命(ぼうめい)してきたアイネとしては、バイシュタイン王国の学術ギルドで追放(ついほう)処分(しょぶん)でも受けたりすれば本当に居場所(いばしょ)が無くなってしまうのである。


「うぅ……横暴(おうぼう)です……。貴族(きぞく)立場(たちば)を利用するなんて……」


 アイネはぶつぶつと何やら(つぶや)いているが、貴族は関係無いだろ貴族は。俺が平民だったとしても同じ対応をするわ!


「アイネが五月蠅(うるさ)いし、とっとと目的の物を見せるか。えぇと……ああ、この(はこ)か」


 俺は石灰(せっかい)天板(てんばん)に「(すみ)のような石」と書かれている五〇センチ四方の木箱を見つけ足を止めた。何故(なぜ)「石炭」では無く「炭のような石」なのかと言うと、新大陸の言葉が分からなかったことと、船乗(ふなの)りの中で石炭を見たことがある者が()なかったことが理由(りゆう)である。


 背後からアイネの急かしているオーラを感じながら木箱(きばこ)を開ける。其処(そこ)には――以前其処の学者様から見せて(もら)った伐採場(ばっさいじょう)側で()れた石炭には似ているものの、ギラギラと光を(はな)っている黒い石が()まっていた。


「これが『石炭と思われる鉱物(こうぶつ)』だ。見た目は以前見せて(もら)った石炭と少し違うが、(さわ)ると手が真っ黒になったり(にお)いが近いので石炭じゃないかと――」

「おおおおおおおお! これはッ! 瀝青炭(れきせいたん)……いえ、無煙炭(むえんたん)じゃないですか!?」


 俺の説明も終わらぬ内にアイネは一瞬(いっしゅん)で身を乗り出し、木箱の中身を(のぞ)き込んだ。早速(さっそく)光沢のある黒い石に()れてその臭いを()ぎ、うんうんと(うなず)いている。


「れきせいたん? むえんたん?」

「そうです! 瀝青炭では無く無煙炭ですよ! これは!」


 首を(かし)げていたレーネに向かって大興奮(こうふん)中のアイネが(せま)るが、そもそも妻も俺も言葉の意味が分かっていない。


「良いですか? 石炭というのは大きく褐炭(かったん)、瀝青炭、無煙炭に分かれるのです! まあ(もっと)品質(ひんしつ)の低い泥炭(でいたん)と言う物もあるのですが、大きく性質(せいしつ)用途(ようと)(こと)なる(ため)ここでは(かた)りません」


 あ、なんか(たの)まれても居ないのに解説(かいせつ)を始めたぞ? 俺は長くなりそうな予感(よかん)(おぼ)えながらも、(だま)って聞くことにした。一応、きちんと知ってはおきたいので。


「そもそも、石炭って燃える石ってイメージだけど、何に使うの? 製鉄(せいてつ)だっけ?」

「良い質問ですねレーネちゃん!」


 ビシッ、と音がするくらいにレーネへと(するど)く指を()すアイネ。本当に()き活きしているなぁ、と妻も俺も生温い視線を送っている。


 それからアイネの説明は長かった。かれこれ一時間(ほど)説明を受けていたが――要約(ようやく)すると、石炭は燃焼(ねんしょう)温度が高い為に様々(さまざま)金属(きんぞく)()かす(ため)の燃料になると言うことだ。その中でも瀝青炭や無煙炭と呼ばれるモノは品質が高く、より高い温度で燃焼するらしい。もっとも、無煙炭までになると中々(なかなか)着火(ちゃっか)しないようで(あつか)いが(むずか)しいのだとか。


「ただし無煙炭が採れるということは、瀝青炭も沢山(たくさん)採れるということですよ! 西の大陸でしたか? 良い所を見つけましたね! 私も連れて行ってください!」

「いや、ちょっとそれは俺の独断(どくだん)じゃ無理。まあでも、瀝青炭で製鉄、か……」


 アイネにガクンガクンと()さぶられながら、俺は石炭の有用性(ゆうようせい)について熟考(じゅっこう)していた。話を聞く(かぎ)り、瀝青炭や無煙炭には木炭(もくたん)と同じ成分(せいぶん)が多く含まれているのだとか。木炭を使って製鉄を行うとより固い金属である〈(はがね)〉が出来(でき)ると言うのは知っているが、ゴルトモントは石炭を用いて大量生産の研究(けんきゅう)をしているらしい。


 だとすれば、瀝青炭を多く手に入れられるルートを手に入れたバイシュタイン王国は、ゴルトモントの先を行く事が出来るんじゃないか?


「……これは、ライヒナー(こう)、そして陛下(へいか)相談(そうだん)だな」


 より強力な金属を安価(あんか)製造(せいぞう)出来るとあれば、これは推進(すいしん)しない訳にもいかない。次に船が帰港(きこう)する(まで)に話をつけておかなくては。


「おい貴様(きさま)! ここへは立ち入り――」


 (すが)り付くアイネを身体から()がしながらそんなことを考えていた所、倉庫の入口で何やら悶着(もんちゃく)が起きていることに気付(きづ)き、俺は意識(いしき)をそちらへと向けた。警備(けいび)兵の声だったが――


「……なんだ?」


 声が聞こえなくなり(いぶか)しんだ俺だったが――やがて警戒(けいかい)に変わる。


「……血の臭いがするね」

「……だな」


 (はな)も良いレーネの言葉に、俺も同意する。倉庫の入口からは新鮮(しんせん)な血の臭いが漂ってきている。警備兵に何かあったのだろう。


 俺とレーネが杖を(かま)えて待っていると――数秒もしないうちに、其奴(そいつ)呑気(のんき)に入口の向かって右(がわ)から(あらわ)れた。視線は――俺の方へと向いている。


「……おう、居たな、ハントヴェルカー伯爵(はくしゃく)よ」


 首から上を(のぞ)く全身を返り血で()めた黒い(よろい)に包んだ初老(しょろう)の男は、俺の顔を確認(かくにん)して満足(まんぞく)そうにニヤリと口角(こうかく)を上げたのだった。



次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ