第一六六話「此奴が学者と言う事実が近年で一番の謎なんだが」
「お久しぶりですね、リュージさん! 何年ぶりでしょうか!?」
「……そんなに会ってなかったっけか? いや、そうかも知れないな」
以前と変わらず猪みたいな性格のアイネの言葉に、俺は記憶を辿る。確かに、アイを養女に迎えた時以来と考えれば……四年ぶりくらいか?
「ハントヴェルカー卿、こちらの方は?」
「ん? ああ、アイネって言う石炭に劣情を催す希有な学者だ」
「さらっと根も葉も無い嘘を言わないで下さい!」
役人へ雑に紹介した俺にすかさずアイネが噛み付いた。あれ、違うのか。石炭を見て息を荒くしていた所を何度か見たことあるのだが。
「まったく……、ん? ハントヴェルカー卿? 誰のことですか?」
「俺の事だが」
ぶつぶつと何か文句を呟いていたアイネが首を捻った為、俺が自分を指差しそう返すと、彼女は「はへっ!?」と素っ頓狂な声を上げて固まった。
「りゅ、りゅ、リュージさん、いえ、ハントヴェルカー卿!? お貴族様だったんですか!?」
「陛下より三年半前に爵位を賜ってな。一応伯爵だ」
舌が上手く回っていないアイネに、俺は淡々とそう答えた。ライヒナー候から直接町民へご紹介を頂いたし、領地を持たず魔石を作って生活している特異な貴族と言うのはザルツシュタットでは有名なのだがなぁ。相変わらず石炭以外の事に興味が無いんだろう、この学者様は。
「これは……これはッ! どうか平にご容赦をッ!」
「おい止めろ、俺が悪い事をしてるみたいだろうが」
物凄い勢いで土下座のようにひれ伏し謝罪を始めたアイネを慌てて制止する。俺が強制していると思われたらどうすんだよ。周りに人が居なくて良かったよ。
俺はアイネに畏まる必要は無いと言って引っ張り上げて宥めすかし、ようやく彼女は落ち着きを見せた。全く、石炭以外のことには本当にポンコツだな。
「……ん? 石炭?」
「え!? 何処!? 何処に石炭があるんですか!?」
俺の呟きを耳聡く捉えたアイネが、バッと辺りを見回し始める。いや、こんな所には無ぇよ。落ち着けよ。
「そうじゃなくて――当然のような事を尋ねるが、アイネは石炭に詳しいよな?」
「勿論です! 私ほど詳しい者はそうそう居ないと自負しております!」
アイネはぐっと胸を反らして自信満々にそう言ってのけた。ここまで断言出来るというのは大したものである。
「なら、一つ良い仕事がある。……ある石炭の質を鑑定して欲しいんだが」
「石炭の質、ですか? とは仰いましても、残念ながらバイシュタイン王国は火山が多いので石炭の質があまり良くないことは知っておりますが」
俺の話に、アイネはあまり乗り気で無い様子だった。そうなのか。火山が多いと石炭の質が悪いと言うのは初耳だな。しかし「ゴルトモントに帰りたいです……」とか俺の目の前で言わないでくれ。俺は領主じゃないが反応に困ってしまう。それにお前は自分からゴルトモントを出たんだろうが。
「いや、俺が鑑定して欲しいのはバイシュタイン王国産の石炭じゃないんだよ」
「へ? ならゴルトモント産ですか? だったら品質としては中の中といった所ですが。それとも東のデーア王国産ですか? そちらはバイシュタイン王国産と大した差はありませんねぇ。ゴルトモントの北のロマノフ帝国産なら文句無しに上質なんですが、あそこは石炭について厳しい輸出制限をしていた筈ですから手に入らないですよねぇ?」
うお、流石石炭マニア。ゴルトモント産だけでなくデーア産やロマノフ産も把握しているのか。詳しいと言うのが大言壮語では無い事が分かる。
だがデーア産でもロマノフ産でも無い。俺が調べて欲しい石炭は――
「この間、西に旅立った船団が別の大陸を見つけ、戻ってきたのは知っているか?」
俺がそう尋ねたものの、アイネは「うーん?」と空を見上げ眉間に皺を寄せている。こ、此奴、この町のホットな大ニュースだと言うのにそれすら知らないのか。思わず役人と顔を見合わせてしまった。彼も呆れて小さく溜息を吐いていた。気持ちは分かる。
「そんな事があったんですねぇ」
「……あったんだよ。で、その土地から持ち帰ってきた物の中に石炭らしき物が有った。お前ならその品質を――」
「何処!? 何処にあるんですか!?」
「おおおおいやああめええろおおお!」
一転、興奮して俺の胸ぐらを掴みガクガクと揺さぶり始めたアイネを、役人が慌てて押さえつけたのだった。
……本当に此奴に頼んで良かったのか、少し疑問を覚えてしまったよ。
次回は明日の21:37に投稿いたします!