第一六五話「騒々しい奴を見つけてしまった」
それから数日後、俺は新たに外壁を造る場所の視察を行っていた。勿論外壁という訳なので、海岸の有る西側、南側を除く方向を囲うように構築してゆくことになる。
先ずは俺たちの自宅がある北側。此方は森が広がっており、それを避けるように海岸沿いをブルクミュラー侯爵領へと続く街道が延びている。その道は大きな塩水湖にぶつかったところで湖畔を沿うように東へと曲がり、そしてまた北へと延びるやや遠回りな道となっている。深い森を切り拓くよりは良いという考えで敷かれたのだろうか。
「新しい北側の壁は森との境に造る予定なんだな。となると――うちの裏手に壁が出来るのか」
街道沿いで調査をしている俺は役人と一緒に地図を眺めながらそんなことに気付いた。我が家は旧外壁の外に広がるザルツシュタット郊外の一部で、家のすぐ裏手、つまり北側には塩水湖へと続く森が広がっているのだ。新たな壁は其処を横切るように造られることになる。
「まあ家の前の畑は南側だし、日の当たり具合には影響無いだろうが……夏場は壁に太陽光が反射して暑くなりそうだな」
「ああ、それは有りそうですね……」
「となれば、壁の色も考えるべきだな」
そんな懸念事項を役人に紙へと書き留めて貰う。壁を白くしてしまうと照り返しがきつくなってしまうだろう。我が家と同じような懸念が有る場所については壁の内側を黒にするのもアリだな。
「しかし、今までは裏手の森へすぐ出られたと言うのに、少し面倒になりそうだ」
「それは……諦めてください」
役人ににべも無くバッサリと斬られてしまった。まあそうなるよな、出口は街道の所に造られるのだから、特別待遇で我が家の裏手に造る訳にはいかない。外壁は防衛目的なのだし、無駄な出口は極力減らさねば。
「西側と南側は海と接する訳だし、壁の材質は風化に強いものにする必要もあるな」
潮風というものはどうしても物質を劣化させてしまう。〈鍵の魔石〉を使っていれば大丈夫かも知れないが、俺はあの魔石の力をそれほど良くは知らない。経年劣化に強いのか謎なのだ。
「壁の材質についてはレーネと相談して、劣化に強い物を選ぶとするか」
「ハントヴェルカー卿、素朴な疑問なのですが、石積みでは駄目なのでしょうか?」
「石積みでは残念ながら魔石の力を得られないんだよ」
当然のような役人の質問に、俺は肩を竦めてそう答えた。〈鍵の魔石〉は物体の中に埋め込まなければ効果を為さない。石積みではその条件を満たせないのだ。
以前レーネから〈コンクリート〉なる壁材、床材を教えて貰ったことがある。生成し水と混ぜたばかりの状態では流動性を持っているのだが、時間が経つと強固に変質するのだとか。これならば中に埋め込むことが可能である。と言うかそういう性質の物質でなければ〈鍵の魔石〉も効果は無い。
「さて、この辺りの検討はこんなもんだろう。東側に回って行くか」
「承知しました」
俺と役人は、地図に従い海と反対となる東の方向へと歩みを進めた。
町の北東部に到着し、地図と睨めっこをする。以前魔石と薬の作成依頼を受けたことがある伐採場は、此処から更に一時間弱歩いて行かねばならないのだが――
「……そうか、ここから北東側は上り坂だったな」
北東へ行く道は段々と上り坂になり、伐採場は山の中腹に在る。確か他にも採石場があると聞いた覚えがあり、俺は暫し黙考した。
「……となれば、伐採場や採石場からの搬入の為に入口は必要だな。ただ、ここの壁は高く、しかも最も頑丈に造る必要があるし、物見も用意すべきだろう」
「それは何故ですか?」
「先ず入口の理由については話した通りだが、同時にそういった搬入の際に不審者が中に紛れ込む可能性がある。だから最も厳重にすべきなんだよ」
俺も過去にサクラ帝国を密出国した経験があるから、その辺の警戒すべき点は理解している。大量の材木などの物資に隠れる、と言うのはスタンダートな侵入手段だろう。
そんな内容を役人にまた書き留めて貰っていたのだが、伐採場の方向から歩いてくる一人の女性の姿に見覚えがあり、俺は思わず手を止めてしまった。あの水色の特徴的な明るい髪は――
「おや? リュージさんじゃないですか! やっほー!」
「……やっぱり、アイネか」
相変わらずやたらめったら元気で脳天気な学者様は、俺の姿を見つけ、千切れんばかりにぶんぶんと手を振ったのだった。
※おわび
脳天気石炭オタク学者の名前をずっと間違えたまま第三章を執筆していましたorz
アンネではなくアイネです。アンネは冒険者ギルドのお姉さんじゃねーか!
キャラ設定したとき「間違えやすいかな?」と思ったけど案の定間違えたよ!
第三章の方も直っております、申し訳御座いません。
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次回は明日の21:37に投稿いたします!