第一六四話「心無い言葉が俺を傷つけたのである」
その後俺とライヒナー候は船長から貿易で手に入れた物の説明を受けた。大方が鉱物などではあったが、そこは日持ちがしない物を片道に掛かる日数が確定しない船旅で運ぶ訳にもいかないし仕方無いのだろうが、海路が確定した為、今後は植物なども積極的に運びたいと船長は話した。
最も大きい収穫は未知の金属を含めた鉱物と香辛料の数々だった。香辛料は貴重だし、鉱物は恐らく錬金術の発展に役立つ。レーネに話したら大興奮しそうだ。後で一部を買い取らせて貰えないか交渉してみよう。
さて長い話も終わった所でその場は解散となったが、船長曰く、次の航海は一〇日後と結構すぐに旅立つようなので、先にある魔石を渡しておいた。これで旅も楽になる、筈。
「ただいま」
「おかえりなさいです、パパ」
結構長い間話していた為に帰りは夕方になってしまった。玄関を潜ったところ、先にレーネと一緒に帰っていたマリアーナがお迎えをしてくれた。一瞬で疲れた身体に活力が戻ったような気がする。
「マリー、お迎え有難うな。パパは嬉しいぞ」
「えへー」
「……ん?」
何時も通りマリアーナを撫でくり回していると、廊下の奥の方で何やら気配がすることに気付いた。レーネとベルは厨房に居るだろうし、となれば――
「マリー、ミノリたちは帰ってきているのか?」
「はい、パパ。ミノリおねえちゃんとスズおねえちゃん、アイおねえちゃんがかえってきました」
おお、そうなのか。何やら今回は遠くまで行っていたと言っていたし、色々と話を聞くとするか。こちらも船が帰ってきたことを話さねばならないし。
「でね、ミノリ姉さんはあっさりその魔物をやっつけちゃったの! 本当に強い相手だったのに、やっぱり姉さんは強いよね!」
「わあ! すごい! すごいです!」
「あはは……そこまで褒めちぎられると照れるわー」
食卓を囲み、アイの冒険談を聞きながら夕食を摘まむ。マリアーナは姉たちの話が大好きなようで大興奮しているが、ミノリは少し気恥ずかしいらしく頬を掻いている。
「ほら、マリーちゃん。ご飯が疎かになっていますよ」
「あ、はい、ごめんなさい、ママ」
レーネの指摘で自分が少々騒ぎすぎたことを自覚したのか、マリアーナは慌てて食事に集中する。頭も良く礼儀正しくて本当に将来が楽しみな子である。
「私もごめんなさい、ママ。早くマリーに聞かせてあげたくて、つい興奮しちゃって」
「ふふ、そうだね。でも仲が良くてママは嬉しい」
申し訳なさに縮こまったアイを見て、レーネがクスクスと笑う。養女に迎えたばかりの頃はツンケンしていた長女も、随分と変わったものだ。
「此方からも良い報せがあるよ。二ヶ月前に西の海へ旅立った船団が戻って来たんだ」
「おお、それは興味深い。西に大陸は見つかった?」
俺の報告を聞いて、スズがキラキラと瞳を輝かせた。俺の末妹も最近はだいぶ感情を表へ出すようになったものだ。これも幸せな家庭に居るお陰なんだろうな。
「西には大陸と大小様々な島があった。詳細は一応機密事項なので教えられないが、色々と珍しい物も手に入ったみたいだぞ。特に鉱物関連は俺もレーネも役に立ちそうだし、研究目的で幾つか買い取らせて貰えるか交渉してみようと思っている」
「へえ、それは楽しみ。見たこと無い鉱物とかあるのかな……?」
予想していた通り、レーネは興奮した様子で天井を仰ぎ未知の鉱物へ想いを馳せているようだった。何しろ爆薬を始めとする攻撃用の薬は鉱物を多く使用するのだ。新しい爆薬も作れる可能性があるし、妻がこんな反応をするのも理解出来る。
俺にしたって、付与術師であると共に宝石職人でもある。魔石以外の鉱物だってカッティングは可能だ。であれば、未知の鉱物はそれなりに興味がある。
「ママ、ごはんがおろそかになっていますよ」
「……ごめんなさい、マリーちゃん」
先程自分が指摘したことをマリアーナから突っ込まれてレーネががっくりと肩を落とすと、食卓は笑いに包まれたのだった。
「なるほどぉ……、色々と興味深い物があるんだねぇ……」
夕食後の工房で俺が書き留めたリストを読んで、レーネが唸っていた。船長から教えて貰った輸入品のリストは現時点では機密事項なのだが、妻に見せることについては錬金術の発展への寄与という名目でライヒナー候より許可を頂いている。
「レーネ的には、やっぱり鉱物が気になるか?」
「そうだねぇ……。でも、今回は持って帰るのを断念した植物と言うのも興味あるかな」
「ああ……それもそうか」
船長からは「長い航海で傷む植物は持ち帰りませんでしたが、こんなものが有りました」と、そちらのリストも貰っている。一〇日後に出発予定である次の航海では期待して良いのだろうか。
「苗や種を持って帰れれば、ラナの畑で増やせるかもな」
「夢が膨らむねぇ」
リストを抱いてうっとりと目を瞑るレーネである。気候的に合わない植物は無理だろうが、そうでなければラナにお願いするのも有りだろう。
「……ああ、そうだ。話は変わるがレーネ、〈鍵の魔石〉の事なんだが」
「うん? 何か代替策でも見つかったの?」
期待の籠もったレーネのそんな言葉に、しかし俺はかぶりを振って応える。代替策など無い。無いので――
「代替は考えない。〈鍵の魔石〉を作ることは変わらないよ」
「え、でも……凍土の苔だよ? どうやって手に入れるの?」
「くっくっく」
レーネは俺の言っていることの意味が分からず困惑しているが、俺はそれに含み笑いを返した。アテは出来たのである。だから代替など要らない。
「……リュージ、なんか気持ち悪い反応だねぇ」
「うぐっ」
妻の心無い言葉の一刺しで、俺は一転撃沈したのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!