第一六一話「壁を造る理由とは」
トールさんと一緒に食卓を囲んで昼飯を食べながら話を伺うと、どうやら「町の外壁を新しく造り、それを内壁、つまり今の外壁よりも強固なものとしたい」と言う領主であるライヒナー候からの依頼が元であり、かなり重要な仕事と言う事が分かった。昼飯を食べながらする話でも無かったような気がする。
ちなみに妹たちと長女は居ない。只今冒険者として出張中である。もうすぐ戻ってくる筈ではあるが。
「ママ、だいじょうぶですか?」
「ありがとマリーちゃん、だいじょうぶ……」
そして妻は俺たちの話も頭に入らないようで、食卓に突っ伏している。レーネの料理について舌の肥えたトールさんに厳しく審査された結果、この有様という訳である。
「トールさんのご意見は勉強になるッスねぇ、あたしの料理もまだまだッス!」
「いえいえ、私もまだまだですからね。もっと細かい意見が言えるように励まなければ」
「えぇ……、これ以上……?」
感動しているベルにトールさんが苦笑しながら答えると、レーネは突っ伏したまま絶望の声を上げた。どうやら心を打ち砕かれてしまったようである。やり過ぎたかも知れない。
「もう、トールおじさん、ママをいじめちゃいやです!」
「あはは、ごめんごめんマリーちゃん。でも、ママの美味しい料理、食べたくないかい?」
「たべたいです!」
「うぅ…………」
抗議の声を上げていたマリアーナだったが、トールさんの商工ギルドの職員らしい絶妙な対応で話を逸らされると、コロッと掌を返してキラキラと瞳を輝かせ始めた。若干、レーネの呻き声に怨嗟が混じっているような気がする。
「……それでトールさん、先程の話なんですが……既にある外壁の外側に造るって事ですよね。ライヒナー候には何か意図があっての事なんですか?」
食事も終わった所で俺は仕事の話に戻り、そんな事を聞いてみた。此処ザルツシュタットには外壁と呼ばれるモノが既に存在しており、北側と南側に広がっている。それが内壁になると言う事は、当然、新しい方は外側に造られると言うことだ。
俺の質問に、トールさんは「そうですねぇ……」と呟きながら、ちらりとマリアーナの方を見た。娘は「なんですか?」と首を傾げている。
「……マリー、ちょっと自分の部屋に行くか、ラナたちの所へ行っててくれるか? パパたちは大事なお話があるんだ」
「はあい、わかりました」
トールさんの視線の意図を汲み取った俺がマリアーナに頼み込むと、娘は素直に従い、玄関の方へと向かった。隣家のラナたちの所へ向かうのだろう。最近は火竜のフランメと仲が良いみたいだしな。
娘が去って行った所で、トールさんは軽く咳払いをする。恐らくだが、ウチの娘には聞かせられないような話なのだろう。
「……最近、北のブルクミュラー侯爵領で、発砲事件が相次いでいるらしいのです」
「……発砲、事件」
俺はその言葉に鸚鵡返しをしながら、思わずレーネの様子を窺った。妻は驚きに突っ伏していた顔を上げていた。その顔は若干強張っている。
「発砲事件と言う事は……まさか、錬金銃による事件ですか?」
恐る恐る俺がそう尋ねてみると、意外なことにトールさんはかぶりを振ってそれを否定した。え、錬金銃じゃないのに発砲事件ってどう言う事だ。
ちなみにレーネが設計した錬金銃だが、扱える職人は国で厳しく管理されている。何しろ目標へ絶対必中の強力な武器である。危険すぎるのだ。
「いえ、犯人の内の一人を捕らえ武器を確認した所、それは錬金銃を真似てはいるものの、必中能力が無い、ただの〈銃〉でした。……まあ勿論、所有者を管理する刻印魔術など施してありませんでしたが」
「必中能力が無い……、と言う事は、銃弾に魔力を籠める機構が無いってことか……。しかし銃と弾薬の機構は何処かから漏れているんだろうな」
俺は直ぐにその結論へ至った。錬金銃の要の一つとも言える必中機構は、製造の難易度がかなり高いと聞いている。そう言う意味では、その〈銃〉と言うのは錬金銃の劣化コピーと言って良いだろう。
しかし必中能力の有る錬金銃で無くとも、〈大金剛の魔石〉でも所持していなければ撃たれた時に無事では済まない。これはかなり由々しき事態だろう。新たな外壁を造り町を訪れる者を制限したいという気持ちも分かる。
「でも、弾薬に使う薬は私しか作れない筈だよ?」
「何処かの錬金術師が薬の製法へと至ったのかも知れない。製法が分かっていて材料があれば、レーネでなくとも作れるだろう?」
「……そうだね」
レーネの甘い考えを、俺は直ぐに否定する。幾ら妻が他の追随を許さない天才錬金術師であっても、錬金術は錬金術だ。薬の製法さえ分かってしまえば作ることは可能だろう。
「トールさんがご存知かどうかは分かりませんが、この件、陛下には伝わっているんでしょうか?」
「はい。流石にこれはブルクミュラー侯爵領だけではなく、国を揺るがす問題ですので」
トールさんも其処まで知っていると言う事は、彼に対してのライヒナー候の信頼が大きいものだと感じる。
それにしても、ブルクミュラー侯爵領と言うと……昔はベルトラム元侯爵領で、その領主は英雄を冤罪で処刑した罪で本人も処刑、四年前まではシュトラウス元侯爵領だったが、そちらも邪術師と繋がりスタンピードを起こした結果死亡。そして今では〈銃〉の被害に悩まされている、と。呪われた土地だなぁ、あそこは。
「……まあ、〈銃〉の被害は重大な問題ですが、依頼の話に戻りますか。外壁に使うとなると……〈鍵の魔石〉ですかね」
俺は話を元に戻し、外壁を強化する為に出来る付与術師としての案を一つ挙げてみた。恐らく聞いたことが無いのだろう、妻もベルもトールさんも、首を捻っている。
「〈鍵の魔石〉……ですか? 聞いた事がありませんね……。それに聞いただけですと、壁を強化する魔石には聞こえないような気がします」
「まあ、それについては同意しますね。〈鍵の魔石〉は、任意の暗号化魔力を用いて物体の中に組み込むと、その物体はよっぽど強い力でないと破壊出来なくなります。単純な防御力だけで言えば〈大金剛の魔石〉よりも遙かに強いですね」
トールさんの疑問に、俺はそんな説明を返した。元々は金庫などを破壊されないように用いる魔石であるが、外壁を強化するにはぴったりと言えよう。
「〈大金剛の魔石〉よりも強力とは、凄いですね……。では、依頼としてお願いしても良いでしょうか?」
そんな期待の籠もったトールさんの言葉に、俺は「あー……」と天井を仰ぎながら頬を掻いてしまった。どうした、とでも言っているような訝しんでいる視線が俺へと集まる。
「実はその魔石、作った事が無いんですよね……」
「え、そうなのですか? でも製法はご存知なのでしょう?」
「それはそうなんですが……、材料に問題がありまして。貴重なんですよ」
そう言って、俺は肩を落とし嘆息する。材料となるのは〈ユーリカ〉という苔の一種で、北のロマノフ帝国でしか採れないと聞いた事がある。
「……シュノール宰相閣下に、相談してみるか」
宰相閣下はこういう時非常に頼りになるのを知っている。閣下は国内の希少種保護に取り組んで居られるので、もしかすると〈大金剛の魔石〉の材料である〈ヘイムン草〉と同じく、国内に生えているという情報をご存知かも知れないしな。
次回は明日の21:37に投稿いたします!