第一五九話「報告、連絡、相談が大事だと、今更ながらに思い知った」
本章のエピローグです。
季節は過ぎ、秋も深まった頃。
俺は何時も通り工房で弟子たちへ指導を行っていた。ちなみにレーネも同様に自分の弟子へ指導している。腹はすっかり元通りの大きさに戻っており、身体の調子も良いようだ。
エメラダの騒動が終わった後、俺はアイと妹たちを連れて王都とザルツシュタットを行ったり来たりする事が多かった。理由は勿論、レーネに会う為である。
しかしそれも一月程前に終わった。つまり――
「レーネさん、マリーちゃんがご飯の時間みたいですよ」
「えっ!? も、もうそんな時間ですか!?」
レーネが仕事の間は赤ん坊の面倒を見てくれているパウラさんが、お乳の時間を知らせに来てくれた。見た目こそ優しそうだが肝っ玉母さんで、俺もレーネも頭が上がらない人である。
「丁度良い所だったんだけど、ごめんね、みんな。ちょっと娘のところに行ってくる!」
「良いですよ、師匠。赤ん坊を待たせちゃいけませんしね」
「そうそう、気にしてないですから早く行ってきてください!」
申し訳なさそうに作業を中断させるレーネだが、弟子たちは全く気にしていない様子で皆笑っていた。思いやりのある人たちで助かっている。
バタバタと慌ただしく出て行ったレーネを見送っていると、何やら視線を感じたので振り向いた。作業中のベルがこちらを見てニヤニヤと笑っていた。なんだよ。
「師匠、なんだか嬉しそうッスねぇ?」
「……そう見えるか?」
「はいッス!」
カッティング作業を一区切りさせたベルに満面の笑みでそう言われ、俺は何とも恥ずかしい気分になり思わず頬を掻いてしまった。
「……まあ、そうだな。こうして平和な暮らしが出来ているのは、貴重なんだって思ってな」
「そうッスねぇ、色々あったッスからねぇ……」
しみじみと俺が語ると、ベルも感慨深そうに目を閉じていた。一番弟子も腹を貫かれたりと大変な目に遭っているからなぁ。
レーネがこの家に戻って来たのはつい最近の事である。産後無理をしてはいけないと言うことで暫く王城に滞在させて貰っていたのだが、やはり仕事もあれば家族もザルツシュタットに居るのだし、早めに自宅へと戻ることを決めたのである。陛下には養育について色々教えて頂いた他、馬車も用意して頂いたし頭が上がらない。いや元から上がらないが。
「……平和、かぁ。まだ、懸念すべきことは残っているが……」
俺はベルにも聞こえない程度の声で、ぽつりと呟いた。
確かに、邪術師アデリナとフェロンを操っていたエメラダは倒した。
だが、エメラダは魔人化する直前にこう言っていた。「こんな失策、許される筈が無い」と。
「つまり、黒幕は他に居るって事なんだよな。其奴が邪術師かは知らんが」
すっかりエメラダが黒幕だと思い込んでいた俺たちだったが、エメラダは誰かの部下でしか無かったのだ。あんな強力な邪術師が一構成員だとすると――敵は、相当デカい組織なのだろう。
この件については度々王城へ伺う機会もあった為、陛下にはお伝えしているし動いては頂いている。だから――
「今は、この平和を謳歌するか」
俺はそんな事を独り言ち、作業を続けることにしたのだった。
その日の午後、俺たちは一家揃って港へとやって来ていた。勿論次女のマリアーナも一緒で、今はレーネの腕に抱かれている。喧噪など聞こえない様子ですぅすぅと眠っているし、もしかするとこの子はスズ並に図太いのかも知れない。
「さてさてー、今日はどの位出来てるかなー?」
「ん。楽しみ」
「うん!」
ミノリとスズ、そしてアイは先頭を歩き、楽しげにそんな事を話している。最近は数日に一回港を訪れ、あるモノの出来を確認するのが彼女たちのルーティンワークになっているのだ。
ちなみにベルだけは市場へ買い物に行っている。一番弟子は本当に働き者で助かるな。冗談で渡したら好評だった煮干しをまた差し入れておくか。
「私も楽しみ。あんな大きいモノが出来るなんて、想像も付かなかったものね」
「そうだな」
レーネもクスクスと笑いながら、目の前にそびえるソレを見上げる。俺もつられて視線を其方に向けた。
其処には巨大な造船所が出来上がっており、更にはその中で全長五〇メートルはあろう超大型船が急ピッチで建造されていた。
「何度見ても夢が広がるな。ゴルトモントでもここまで巨大な船は無いらしいが」
「で、そこにはあなたの作る魔石が設置されるのよね?」
「俺だけじゃくて、レーネと作る魔石だろ?」
俺はしっかりとレーネの言葉を訂正しておく。〈軽重の魔石〉は〈練魔石〉であり、錬金術で作った素材を元に作られた魔石だから、俺とレーネの合作なのだ。
「あはは、そうだねぇ。その魔石の出来が船の出来に直結すると思うと、緊張するねぇ」
「全くだ。持てる技術の全てを総動員して作らないとな」
まあ何方かと言うとレーネはレシピ通り作れば良いだけで、全ては俺のカッティング技術に掛かっていると言っても過言ではない。〈軽重の魔石〉で軽減出来る荷重は、魔石の出来で上下するのである。つまり、この船がどれだけ荷を積めるかの重責は俺の双肩にのし掛かっている訳だ。今から胃が痛い。
「おや? リュージ君にレーネさん、家族で視察かい?」
一家揃って船を見物していたら、聞き覚えのある丁寧な口調で呼び掛けられた。振り向いて見れば――やはりライヒナー候だった。
「ライヒナー候、こんにちは。最近は船の出来上がりを見るのが楽しみになりまして」
「ふふ、こんにちは。私も楽しみで仕方無いよ。こんな大きな船だったら何が出来るんだろうと、今から色々と想像してしまう」
ライヒナー候も例に漏れず、船にロマンを感じておられるのか。分かる。分かりますよ。
「ただ、ね。船は完璧に仕上がりそうなのだけど、一つ問題が有ってね。この船でゴルトモントとの貿易は出来なさそうなんだ」
「……と、仰いますと?」
何やらライヒナー候は眉尻を下げて苦笑しておられる。約四ヶ月前の終戦後、ゴルトモントとは表面上和解をしているし、グロースモントへの定期船も復活したようだが、何か問題があるのだろうか。
「それはね、船が大きすぎてグロースモントには入港できないからだよ。海洋国家のゴルトモントと言えど、この大きさは想定外だったらしい」
「……成程」
得心がいった俺は、ライヒナー候と同じように苦笑を浮かべた。この大きさの船が入らないって事か。まあ規格外の大きさだしなぁ。
貿易には使えない。だとすると――
「この船の用途としては、まさか――未開地発見、ですか?」
「そうだね。未開地を発見して我が国の領土と出来れば、きっと陛下もお喜びになるだろう。バイシュタイン王国は小国などと軽んじられているけれど、これからは海を冒険し領土を拡大する時代なのかも知れない」
海を冒険する時代、か。それは本当にロマンのある話だ。それに例えその土地が未開でなく先住民族が居たとしても、新たな貿易で珍しい物をやり取り出来れば、とてつもない価値になるだろう。
前のめりにそんな事を言ってみたら、ライヒナー候も興奮気味に頷いておられた。そんな俺たちをレーネは苦笑して眺めている。男にしか分からないロマンなのかもなぁ。
「……と、ああ、そうだ。丁度良い。これを渡しておこう」
ライヒナー候はお付きの人から何かを受け取ると、俺にそれを手渡してきた。これは――封筒? 大きさから言って手紙のようだ。
渡された封筒には送り主の名前が書かれて居なかったが、裏を見てみると、封蝋には良く見覚えのある印が押されていた。
「……陛下から、でしょうか?」
「そうだね。そして中に何が書かれているか、私は知っているよ」
「え、ご存知なのですか。それは一体――」
尋ねようとした俺をライヒナー候は手で制止し、そしてその顔が近付く。内密の話、と言うことか。
「……君に、爵位を与えるという話だよ」
「パパ、どしたの? なんかぼーっとしてるけど」
家族で食卓を囲み夕食を突いていると、アイにそんな事を指摘されてしまい、俺は我に返った。いかん、意識がどっか行ってた。
「アイの言う通りだ、すまん」
「別に良いけど……どっか具合でも悪いの?」
おおう、心配してくれるのか。エメラダの事件があってからはとても素直になった長女を思わず抱き締めたくなるが、堪える。進んで嫌われに行くつもりは無い。
「ああ、ちょっと陛下から……爵位を与えると言われててな、悩んでいる」
そんな事を暴露したら、レーネを除く全員が揃って食べている物を噴き出しかけ、目を白黒させていた。
「なんだ、大丈夫かみんな」
「……え、爵位って、どゆこと?」
「いや、そのままの意味だが。国に対して並外れた貢献をしているので、爵位を与えないと割に合わないと、陛下が」
代表して俺へ質問してきたミノリにそう返す。まあ陛下の仰る通りそれなりに貢献してきた覚えはある。まさか爵位を貰えるとは思わなかったが。
「なんか淡々としてるね、リュージ兄……。それ受けるの?」
「爵位なんぞ興味無いが、まあ、陛下の面子もあるからな。ただ……」
「ただ?」
「ザルツシュタットを離れる気は無いので、領地運営とかは勘弁して貰うように言うつもりだ。あとライヒナー候よりは下の爵位にして貰わないと困る」
陛下より爵位を頂けると言うなら受けざるを得ないが、俺たちは職人だ。手に汗して働く為にザルツシュタットで工房を構えているので、領地運営などしている暇は無い。
しかし面倒な話が舞い込んできたものだ。大方、国に貢献した俺を派閥に取り込みたい貴族の声などが上がり、陛下も対応に苦慮されているのだろう。
「領地運営はともかくとして、ライヒナー候より下の爵位ってどういう事ッスか?」
「自分より爵位が上の貴族が領地に住んでいたら、立場が無いって話」
「あー……、なるほどッス」
ベルの質問を、スズが端的に解説してくれた。全くもってその通りである。
「レーネもそれで良いだろう?」
「うん、仕方無いからね。リュージに任せるよ」
苦笑している妻はあまり驚いていない。恐らく、ライヒナー候との会話が聞こえていたのだろう。エルフは耳が良いし。
「……遙か東の国出身の戦災孤児たちが、貴族に出世、か。人生分からないもんだな」
「……ん?」
「ん?」
俺の呟きを耳聡く捉えたらしき妹たちが、何やら首を捻っていた。あれ、何か気になる事でもあったんだろうか。
「リュージ兄、それどう言う意味? 『戦災孤児たち』って言ったよね?」
「ん。言った」
ミノリとスズが気になるのはその部分か。
って、そうか。妹たちにも伝えなければならなかったな。
「お前たちにも、爵位を与えるって話だぞ」
「………………」
「………………」
って、あれ? 二人とも肩を震わせている。
「そんなに感動したのか? まさか二人とも、そんなに立身出世に興味があったとは」
俺がそう言ってのけると――食卓を叩いたミノリの頭から、ぶちっと何かが切れる音がした。あ、やべえ。
「だから、そういう事を、黙ってるんじゃなーーーい!!」
何時ぞやと同じように、俺は妹の説教を身に受けながら只管に平謝りを続ける事になった。それをアイ、ベルが呆れた様子で眺めているのも全く同じで。どうしてこうなった。
「パパ、怒られちゃったね。全く、進歩の無い人なんだから」
「あー?」
レーネは「仕方無いなぁ」と言ったような苦笑を浮かべ、妻の腕に抱かれているマリアーナも、不思議そうに俺を見つめていたのだった。
まずはここまでお付き合いを頂きありがとうございます!
リュージたちの物語はまだ少し続きます!
宜しければブクマや評価を頂けますと幸いです!
--
次回は明日の21:37に投稿いたします!