表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

159/209

第一五九話「報告、連絡、相談が大事だと、今更ながらに思い知った」

本章のエピローグです。

 季節(きせつ)()ぎ、秋も深まった(ころ)


 俺は何時(いつ)も通り工房(こうぼう)弟子(でし)たちへ指導(しどう)(おこな)っていた。ちなみにレーネも同様(どうよう)に自分の弟子へ指導している。(はら)はすっかり元通りの大きさに(もど)っており、身体の調子(ちょうし)も良いようだ。


 エメラダの騒動(そうどう)が終わった後、俺はアイと妹たちを()れて王都とザルツシュタットを行ったり来たりする事が多かった。理由(りゆう)勿論(もちろん)、レーネに会う(ため)である。


 しかしそれも一月(ほど)前に終わった。つまり――


「レーネさん、マリーちゃんがご飯の時間みたいですよ」

「えっ!? も、もうそんな時間ですか!?」


 レーネが仕事の間は赤ん坊の面倒(めんどう)を見てくれているパウラさんが、お(ちち)の時間を知らせに来てくれた。見た目こそ(やさ)しそうだが(きも)っ玉母さんで、俺もレーネも頭が上がらない人である。


丁度(ちょうど)良い所だったんだけど、ごめんね、みんな。ちょっと娘のところに行ってくる!」

「良いですよ、師匠(ししょう)。赤ん坊を待たせちゃいけませんしね」

「そうそう、気にしてないですから早く行ってきてください!」


 (もう)(わけ)なさそうに作業(さぎょう)中断(ちゅうだん)させるレーネだが、弟子たちは(まった)く気にしていない様子(ようす)(みな)笑っていた。思いやりのある人たちで助かっている。


 バタバタと(あわ)ただしく出て行ったレーネを見送っていると、何やら視線(しせん)を感じたので()り向いた。作業中のベルがこちらを見てニヤニヤと笑っていた。なんだよ。


「師匠、なんだか(うれ)しそうッスねぇ?」

「……そう見えるか?」

「はいッス!」


 カッティング作業を一区切(ひとくぎ)りさせたベルに満面(まんめん)()みでそう言われ、俺は何とも()ずかしい気分(きぶん)になり思わず(ほお)()いてしまった。


「……まあ、そうだな。こうして平和な()らしが出来(でき)ているのは、貴重(きちょう)なんだって思ってな」

「そうッスねぇ、色々(いろいろ)あったッスからねぇ……」


 しみじみと俺が(かた)ると、ベルも感慨(かんがい)深そうに目を閉じていた。一番弟子も腹を(つらぬ)かれたりと大変な目に()っているからなぁ。


 レーネがこの家に(もど)って来たのはつい最近の事である。産後(さんご)無理をしてはいけないと言うことで(しばら)く王城に滞在(たいざい)させて(もら)っていたのだが、やはり仕事もあれば家族(かぞく)もザルツシュタットに()るのだし、早めに自宅へと戻ることを決めたのである。陛下(へいか)には養育(よういく)について色々教えて(いただ)いた他、馬車も用意して頂いたし頭が上がらない。いや元から上がらないが。


「……平和、かぁ。まだ、懸念(けねん)すべきことは残っているが……」


 俺はベルにも聞こえない程度(ていど)の声で、ぽつりと(つぶや)いた。


 (たし)かに、邪術師(じゃじゅつし)アデリナとフェロンを(あやつ)っていたエメラダは(たお)した。


 だが、エメラダは魔人(まじん)()する直前(ちょくぜん)にこう言っていた。「こんな失策(しっさく)(ゆる)される(はず)が無い」と。


「つまり、黒幕(くろまく)は他に居るって事なんだよな。其奴(そいつ)が邪術師かは知らんが」


 すっかりエメラダが黒幕だと思い込んでいた俺たちだったが、エメラダは(だれ)かの部下(ぶか)でしか無かったのだ。あんな強力な邪術師が一構成員(こうせいいん)だとすると――敵は、相当(そうとう)デカい組織(そしき)なのだろう。


 この(けん)については度々(たびたび)王城へ(うかが)機会(きかい)もあった為、陛下にはお(つた)えしているし動いては頂いている。だから――


「今は、この平和を謳歌(おうか)するか」


 俺はそんな事を独(ひと)()ち、作業を続けることにしたのだった。




 その日の午後、俺たちは一家(そろ)って港へとやって来ていた。勿論(もちろん)次女のマリアーナも一緒(いっしょ)で、今はレーネの(うで)(いだ)かれている。喧噪(けんそう)など聞こえない様子ですぅすぅと眠っているし、もしかするとこの子はスズ(なみ)図太(ずぶと)いのかも知れない。


「さてさてー、今日はどの(くらい)出来てるかなー?」

「ん。楽しみ」

「うん!」


 ミノリとスズ、そしてアイは先頭を歩き、楽しげにそんな事を話している。最近は数日に一回港を(おとず)れ、あるモノの出来を確認(かくにん)するのが彼女たちのルーティンワークになっているのだ。


 ちなみにベルだけは市場(いちば)へ買い物に行っている。一番弟子は本当に(はたら)き者で助かるな。冗談(じょうだん)(わた)したら好評(こうひょう)だった煮干(にぼ)しをまた()()れておくか。


「私も楽しみ。あんな大きいモノが出来るなんて、想像(そうぞう)も付かなかったものね」

「そうだな」


 レーネもクスクスと笑いながら、目の前にそびえるソレを見上(みあ)げる。俺もつられて視線(しせん)其方(そちら)に向けた。


 其処(そこ)には巨大な造船所(ぞうせんじょ)が出来上がっており、(さら)にはその中で全長五〇メートルはあろう(ちょう)大型船が急ピッチで建造(けんぞう)されていた。


「何度見ても(ゆめ)が広がるな。ゴルトモントでもここまで巨大な船は無いらしいが」

「で、そこにはあなたの作る魔石(ませき)設置(せっち)されるのよね?」

「俺だけじゃくて、レーネと作る魔石だろ?」


 俺はしっかりとレーネの言葉を訂正(ていせい)しておく。〈軽重(けいちょう)の魔石〉は〈練魔石(れんませき)〉であり、錬金術(れんきんじゅつ)で作った素材(そざい)を元に作られた魔石だから、俺とレーネの合作(がっさく)なのだ。


「あはは、そうだねぇ。その魔石の出来が船の出来に直結(ちょっけつ)すると思うと、緊張(きんちょう)するねぇ」

(まった)くだ。持てる技術(ぎじゅつ)(すべ)てを総動員(そうどういん)して作らないとな」


 まあ何方(どちら)かと言うとレーネはレシピ通り作れば良いだけで、全ては俺のカッティング技術に()かっていると言っても過言(かごん)ではない。〈軽重の魔石〉で軽減(けいげん)出来る荷重(かじゅう)は、魔石の出来で上下するのである。つまり、この船がどれだけ()()めるかの重責(じゅうせき)は俺の双肩(そうけん)にのし掛かっている(わけ)だ。今から()が痛い。


「おや? リュージ君にレーネさん、家族で視察(しさつ)かい?」


 一家揃って船を見物(けんぶつ)していたら、聞き(おぼ)えのある丁寧(ていねい)口調(くちょう)で呼び掛けられた。振り向いて見れば――やはりライヒナー(こう)だった。


「ライヒナー候、こんにちは。最近は船の出来上がりを見るのが楽しみになりまして」

「ふふ、こんにちは。私も楽しみで仕方(しかた)無いよ。こんな大きな船だったら何が出来るんだろうと、今から色々と想像してしまう」


 ライヒナー候も(れい)()れず、船にロマンを感じておられるのか。分かる。分かりますよ。


「ただ、ね。船は完璧(かんぺき)仕上(しあ)がりそうなのだけど、一つ問題が有ってね。この船でゴルトモントとの貿易(ぼうえき)は出来なさそうなんだ」

「……と、(おっしゃ)いますと?」


 何やらライヒナー候は眉尻(まゆじり)を下げて苦笑しておられる。約四ヶ月前の終戦後、ゴルトモントとは表面上(ひょうめんじょう)和解(わかい)をしているし、グロースモントへの定期船(ていきせん)復活(ふっかつ)したようだが、何か問題があるのだろうか。


「それはね、船が大きすぎてグロースモントには入港(にゅうこう)できないからだよ。海洋(かいよう)国家のゴルトモントと言えど、この大きさは想定外(そうていがい)だったらしい」

「……成程(なるほど)


 得心(とくしん)がいった俺は、ライヒナー候と同じように苦笑を浮かべた。この大きさの船が入らないって事か。まあ規格外(きかくがい)の大きさだしなぁ。


 貿易には使えない。だとすると――


「この船の用途(ようと)としては、まさか――未開地(みかいち)発見(はっけん)、ですか?」

「そうだね。未開地を発見して()が国の領土(りょうど)と出来れば、きっと陛下もお(よろこ)びになるだろう。バイシュタイン王国は小国などと(かろ)んじられているけれど、これからは海を冒険(ぼうけん)し領土を拡大(かくだい)する時代なのかも知れない」


 海を冒険する時代、か。それは本当にロマンのある話だ。それに(たと)えその土地が未開でなく先住(せんじゅう)民族(みんぞく)が居たとしても、新たな貿易で(めずら)しい物をやり取り出来れば、とてつもない価値(かち)になるだろう。


 前のめりにそんな事を言ってみたら、ライヒナー候も興奮(こうふん)気味(ぎみ)(うなず)いておられた。そんな俺たちをレーネは苦笑して(なが)めている。男にしか分からないロマンなのかもなぁ。


「……と、ああ、そうだ。丁度(ちょうど)良い。これを(わた)しておこう」


 ライヒナー候はお付きの人から何かを受け取ると、俺にそれを手渡(てわた)してきた。これは――封筒(ふうとう)? 大きさから言って手紙のようだ。


 渡された封筒には送り(ぬし)の名前が書かれて居なかったが、(うら)を見てみると、封蝋(ふうろう)には良く見覚(みおぼ)えのある(いん)が押されていた。


「……陛下から、でしょうか?」

「そうだね。そして中に何が書かれているか、私は知っているよ」

「え、ご存知(ぞんじ)なのですか。それは一体――」


 (たず)ねようとした俺をライヒナー候は手で制止(せいし)し、そしてその顔が近付(ちかづ)く。内密(ないみつ)の話、と言うことか。


「……君に、爵位(しゃくい)(あた)えるという話だよ」




「パパ、どしたの? なんかぼーっとしてるけど」


 家族で食卓(しょくたく)(かこ)み夕食を(つつ)いていると、アイにそんな事を指摘(してき)されてしまい、俺は(われ)に返った。いかん、意識(いしき)がどっか行ってた。


「アイの言う通りだ、すまん」

「別に良いけど……どっか具合(ぐあい)でも悪いの?」


 おおう、心配(しんぱい)してくれるのか。エメラダの事件があってからはとても素直(すなお)になった長女を思わず()()めたくなるが、(こら)える。進んで(きら)われに行くつもりは無い。


「ああ、ちょっと陛下から……爵位を与えると言われててな、(なや)んでいる」


 そんな事を暴露(ばくろ)したら、レーネを(のぞ)く全員が揃って食べている物を()き出しかけ、目を白黒(しろくろ)させていた。


「なんだ、大丈夫(だいじょうぶ)かみんな」

「……え、爵位って、どゆこと?」

「いや、そのままの意味だが。国に対して並外(なみはず)れた貢献(こうけん)をしているので、爵位を与えないと(わり)に合わないと、陛下が」


 代表して俺へ質問してきたミノリにそう返す。まあ陛下の(おっしゃ)る通りそれなりに貢献してきた(おぼ)えはある。まさか爵位を(もら)えるとは思わなかったが。


「なんか淡々(たんたん)としてるね、リュージ(にい)……。それ受けるの?」

「爵位なんぞ興味(きょうみ)無いが、まあ、陛下の面子(めんつ)もあるからな。ただ……」

「ただ?」

「ザルツシュタットを(はな)れる気は無いので、領地(りょうち)運営(うんえい)とかは勘弁(かんべん)して貰うように言うつもりだ。あとライヒナー候よりは下の爵位にして貰わないと(こま)る」


 陛下より爵位を頂けると言うなら受けざるを得ないが、俺たちは職人(しょくにん)だ。手に汗して働く為にザルツシュタットで工房を(かま)えているので、領地運営などしている(ひま)は無い。


 しかし面倒(めんどう)な話が()()んできたものだ。大方(おおかた)、国に貢献した俺を派閥(はばつ)に取り込みたい貴族(きぞく)の声などが上がり、陛下も対応に苦慮(くりょ)されているのだろう。


「領地運営はともかくとして、ライヒナー候より下の爵位ってどういう事ッスか?」

「自分より爵位が上の貴族が領地に住んでいたら、立場(たちば)が無いって話」

「あー……、なるほどッス」


 ベルの質問を、スズが端的(たんてき)解説(かいせつ)してくれた。全くもってその通りである。


「レーネもそれで良いだろう?」

「うん、仕方無いからね。リュージに(まか)せるよ」


 苦笑している(つま)はあまり(おどろ)いていない。(おそ)らく、ライヒナー候との会話が聞こえていたのだろう。エルフは耳が良いし。


「……(はる)か東の国出身(しゅっしん)戦災(せんさい)孤児(こじ)たちが、貴族に出世(しゅっせ)、か。人生分からないもんだな」

「……ん?」

「ん?」


 俺の(つぶや)きを耳聡(みみざと)(とら)えたらしき妹たちが、何やら首を(ひね)っていた。あれ、何か気になる事でもあったんだろうか。


「リュージ兄、それどう言う意味? 『戦災孤児たち』って言ったよね?」

「ん。言った」


 ミノリとスズが気になるのはその部分(ぶぶん)か。


 って、そうか。妹たちにも伝えなければならなかったな。


「お前たちにも、爵位を与えるって話だぞ」

「………………」

「………………」


 って、あれ? 二人とも(かた)(ふる)わせている。


「そんなに感動したのか? まさか二人とも、そんなに立身(りっしん)出世に興味があったとは」


 俺がそう言ってのけると――食卓(しょくたく)(たた)いたミノリの頭から、ぶちっと何かが切れる音がした。あ、やべえ。


「だから、そういう事を、(だま)ってるんじゃなーーーい!!」


 何時(いつ)ぞやと同じように、俺は妹の説教(せっきょう)を身に受けながら只管(ひたすら)平謝(ひらあやま)りを続ける事になった。それをアイ、ベルが(あき)れた様子で(なが)めているのも全く同じで。どうしてこうなった。


「パパ、怒られちゃったね。全く、進歩(しんぽ)の無い人なんだから」

「あー?」


 レーネは「仕方無いなぁ」と言ったような苦笑を()かべ、妻の腕に抱かれているマリアーナも、不思議(ふしぎ)そうに俺を見つめていたのだった。



まずはここまでお付き合いを頂きありがとうございます!

リュージたちの物語はまだ少し続きます!


宜しければブクマや評価を頂けますと幸いです!


--


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ