第一五八話「久しぶりの我が家で、俺は平謝りするしか無かった」
「……ぅ…………」
「リュージ兄!」
「リュージ兄……」
自分が寝かされている事に気付き目を開けると、何故か俺の手を取っている妹たちが左右に座り、泣きながら俺の名を呼んでいた。なんか既視感を覚えるな、このシチュエーション。
……ああ、そうか。俺は逃げ切れず雷に打たれたのか。アイの召喚獣にやられた時と同じ状況なのだし、既視感を覚えるのも道理だ。
「……すまん、心配掛けたな」
「本当だよ!」
「ん。ゆるさない」
俺が素直に謝ると、妹たちは当然だと怒りを見せながらも、俺の腕にしがみ付いてわんわんと泣き始めた。ミノリだけでなくスズまで声を上げて泣くなんて、珍しいものを見たな。
「目が覚めたのか、リュージ。本当に良かった。お前を死なせでもしたら奥さんと陛下に合わせる顔が無かったぞ」
「……隊長も、皆も、ご心配をお掛けして申し訳御座いません」
俺はヨーゼフ隊長たちにも謝罪を入れつつ、しがみ付く妹をそのままに、器用に身体を起こして見せた。皆が戦闘態勢を解いていると言う事は、終わったのか。
「……エメラダは、どうなりましたか」
そう隊長へ尋ねてみると、彼は無言で俺の背後に指を差して見せた。
俺は妹たちを宥めてその手を外し隊長が指さした方向を見てみた。そこには――胸に剣を突き立てられた黒焦げの魔人の姿があった。
「リュージの一撃で絶命していたのだろう。雷は剣に落ちたのだが、力を蓄える事無くああなってしまった」
「……そう、ですか」
雷に打たれた所為か少々ふらつきながらも立ち上がり、俺は妹たちに支えられながら重い足を引き摺ってエメラダの遺骸に近付いた。
「………………」
変わり果てた恩師の遺骸を見て、何とも言えない想いが胸の内に込み上げる。最後に分かり合う事が出来れば良かったのだが。
だが、魔人となった時に彼女という人は死んでしまったのだ。どうしようも無かった。
「リュージ兄……、泣いてるの?」
「え?」
心配そうに俺を見上げるミノリのそんな言葉に、俺はようやく自分が涙を流している事に気付いた。
「……そう、みたいだな」
自然と上擦った声で、俺はそう答えるのが精一杯だった。泣いたのなんて本当に久しぶりだ。妹たちの手前、弱い所など見せないと決めていたから。
最後に泣いたのは何時だ? あれは、確か――そうだ、『先生』と出会った日だ。あの時俺は彼女の胸に抱かれながら泣いたんだっけか、恥ずかしい事に。
でも、どうしてだろう。何故かつい最近のように思い出せるんだ。
「ただいま」
後始末を隊の皆に任せ、俺は妹たちの手を借りながらやっとの事で自宅へと帰ってきた。
「パパ!?」
玄関をくぐった所で、何故か工房に居たらしいアイが廊下へと飛び出し、俺の胸の中に飛び込んできた。咄嗟のことでバランスを崩した俺を、妹たちが慌てて支える。
「っとと……、済まないな、心配掛けたか?」
「…………うん」
泣いている所を見られたくは無いのだろう。アイは上擦った声で俺の腹に顔を埋めた。娘がパパと呼んでくれるようになった事に感動して俺も泣きそうだが。
「師匠、お帰りなさいッス! 無事に戻ってくるって信じてたッスよ!」
おっと、夕食の準備をしていたらしきベルもニッコニコで厨房から出てきた。一番弟子には今回色々と協力して貰ったり災難に遭う羽目になったりと苦労を掛けた。礼はしなくちゃな。
おっと礼と言えば、ラナたちにもだ。二人が大怪我を負った時に面倒を見て貰ったんだっけ。
「二人とも、怪我はもう大丈夫みたいだな」
「うん! もう平気! ……あの時のことはよく覚えていないけど、パパが駆けつけてくれたのだけは覚えてるんだ」
「そうか」
アイもベルも、犯人のことを覚えていなかったらしい。多分だが、レーネに二人の殺害を止められたエメラダが、自身の犯行だと言うことを忘れるように何か細工をしたのだろう。
「……ねえ、パパ。ママは?」
「え? あー…………」
もしや無事では無いのか、と思っているのか、アイだけでなくベルまでも不安そうな表情になっている。そりゃ不安にもなるか。
「そう言えば、レーネは王都で何をしてるの? 一人残ってるってさっき聞いたけど」
そう言ったミノリだけでなく、スズも知りたそうにうんうんと頷いている。レーネが王都に残っている事自体は妹たちに伝えているが、理由までは教えていなかったな。
「いやー、こっちに居た時具合悪そうにしていただろう? 実はあれ、腹の中に子供が居たからだったらしい」
俺はカラカラと笑いながらそう答えたのだが――何故だか妹たちは二人とも、目を細めて俺を睨みつけた。
「……え? お、おい、どうした?」
「…………リュージ兄?」
「リュージ兄?」
「お、おう?」
ミノリとスズは、血も繋がっていないと言うのに全く同じ反応で俺を呼びつけた。何故だか知らんが、二人とも怒っているような……?
スズは大きな溜息を吐き、そして反対にミノリは、大きく息を吸い込んだ。
「どうして、そういう大事なことを、黙ってたのっ!!」
ミノリに大声でそう怒鳴られた俺は、その後只管妹たちに平謝りすることしか出来ず、その様子をアイとベルが呆れた顔で眺めていたのだった。
次回は第三章エピローグ!
明日の21:37に投稿いたします!