表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

157/209

第一五七話「泡沫の夢、それはとても懐かしい思い出で」

(…………ここは?)


 (かみなり)から逃げて走っていた(はず)が、俺は何故(なぜ)見慣(みな)れない町の片隅(かたすみ)(かべ)にもたれ(すわ)ったまま、雨に打たれていた。何やら体中が(いた)い。


 と言うか、言葉を(はっ)した(はず)なのにそれが声になっていないし、身体や視線(しせん)を動かそうにも動かなかった。


(……そうか、ここは見慣れない町なんかじゃない。サクラ帝国の西に在る隣国(りんごく)、トウ帝国の――町の名前は思い出せないが、貧民街(スラム)だ)


 と言うことは、これは俺の記憶(きおく)だ。(たし)かこれは、屋台(やたい)の料理を(ぬす)もうとして失敗し袋叩(ふくろだた)きに()った時だ。道理(どうり)であちこちが痛い(わけ)だ。


「君、どうしてこんな所でずぶ()れになっているの?」


 頭上(ずじょう)から女性の声が()かった為、視線が上へと動いた。この、何処(どこ)辿々(たどたど)しい東方(とうほう)共通語の(ぬし)は――


「……どうでも良いだろ」


 俺――いや、この時はまだ一二歳の俺が、頭上の女性へと面倒(めんどう)(くさ)そうに(こた)えた。


 女性は予想通り、金属製(きんぞくせい)の長い(つえ)を持つ、萌葱色(もえぎいろ)のセミロングヘアを()らしたエルフだった。生意気(なまいき)なガキにつっけんどんな対応をされたにも(かか)わらず、彼女は慈愛(じあい)微笑(ほほえ)みを()かべていた。


「どうでも良くないわ。君みたいな子供が身体のあちこちに傷を()っているのに、(ほう)ってはおけない。ちょっと()ってね、神術(しんじゅつ)で回復を――」

「……良いんだよ、自業(じごう)自得(じとく)だ。盗みを(はたら)いて、それで(ばつ)を受けただけだ」


 女性が神術の準備(じゅんび)に入ろうとしたが、ガキの俺は壁に手を()わせ、ふらつきながら立ち上がろうとする。この時は確か、ガキの(くせ)に無関係の(だれ)かを()()みたく無いと思っていたんだよな。


「……だったら尚更(なおさら)、私は君を助けないといけない」

「なんでだよ」


 無理矢理(むりやり)(かた)を押さえつけられ、再度(さいど)ガキの俺は地べたに座る。この時は思っていたよりも力が強くて(おどろ)いた(おぼ)えがある。


 そう、彼女は何時(いつ)だって俺より強く、そして(かな)わない人だった。


「だって、悪いことをした、(もう)し訳ないことをしたって理解(りかい)しているんでしょう? そんな子が、それ以上罰を受ける必要は無いのよ」

「………………」


 ガキの俺はそれ以上何も言えなくなり、(あきら)めてされるがままに神術での手当(てあ)てを受けることにした。(さいわ)いにも骨に異常(いじょう)は無いみたいだと、今度(こんど)は女性の方が驚く番だった。丈夫(じょうぶ)なのが取り()みたいなものだったからな。


「神術ってことは、神官(しんかん)か」

「神官よ。今は魔術師だから元だけどね。だから本当は神術を使っちゃいけないんだけど」


 ぺろっと可愛(かわい)らしく(した)を出して、女性は小さく笑って見せた。そしてガキの俺の横にしゃがみ込んで、顔を()せてきた。


「君、親御(おやご)さんは?」

()たらこんな事してない」

「それは分からないわ。世の中には子供に盗みを働かせる親と言うものも居るのよ。悲しいことだけれど、親に愛して(もら)えない子だって居るものなの」


 そう言って、女性は少し(さび)しそうな表情を浮かべた。今思えば、これは彼女と彼女の妹の事を(かた)っていたのだと、分かる。


 そのまま二人は(しばら)(だま)って雨に打たれていたが、ガキの俺は地面に視線を落とした。


「……俺の故郷(こきょう)は、内乱(ないらん)滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になっているんだ。両親は、そこで死んだ」

「…………そうなのね」

「……でも、一緒(いっしょ)()れて来た妹が二人、居るんだ。二人とも(はら)()かせているから、その(ため)に盗みを働いた。悪い事だって分かってたけど、でも、生きる為だったんだ」

「…………うん」


 何時の()にか流していた涙と(とも)に、ガキの俺は女性に身の上を話していた。故郷のサクラ帝国から同じ境遇(きょうぐう)の女の子二人を連れ、逃げて来たこと。二人を頑張(がんば)って(やしな)ってきたこと。図体(ずうたい)こそデカくても、外国人の子供というだけで仕事にありつけなかったこと。金が()きた為に盗みを始め、そして今日(むく)いを受けたこと。


 そんなことが、ガキの俺の口から(せき)を切ったように打ち明けられるも、女性はガキが背伸(せの)びした末路(まつろ)だと馬鹿(ばか)にする事も無く真剣(しんけん)に聞いていた。


「そうか、頑張ったんだね」

「……頑張ったよ。でも……顔が()れたし、この町では生きて行けない。次の町へ行く金も体力も、無い。だから――」


 もう野垂(のた)れ死ぬしか無い、そう口にしかけた所で、ガキの俺の頭は女性の(むね)(うず)められた。雨が降っていると言うのに、日向(ひなた)(にお)いがした事を覚えている。


「私は、きっと貴方(あなた)に会う為に此処(ここ)へ辿り着いたのね」


 ぽつりと、女性が(つぶや)く。ガキの俺はその言葉の意味する所が分からないままに、彼女の胸の中で(むせ)び泣いていた。


「……そして、()()()()。私は自分の(つみ)を何処かで理解していた。貴方に(ばっ)して()しかったんだわ。そして、それは()たされた」


 …………え?


「何を、言って――『()()』?」


 ()()自由になった(おのれ)の身体で、目の前の『先生』を見上げた。何時の間にか身体はガキの(ころ)の俺では無く、今の巨漢(きょかん)と言える身体に成長して――いや、(もど)っていた。


 困惑(こんわく)している俺に、『先生』は何時ものお茶目(ちゃめ)微笑(ほほえ)みを見せてくれた。


 ……そうか、これは泡沫(うたかた)(ゆめ)。雷に打たれて意識(いしき)(うしな)った俺が見ている夢か。


「ええ、そうよ。(なつ)かしい思い出だったわね、リュージ」

「……俺はかなり()ずかしかったんですが」


 見ず知らずの女性の胸を借りてあんなに泣いていたのか、俺は。今思うと顔から火が出そうだ。


 そんな俺を見て可笑(おか)しそうにクスクスと笑う『先生』。それはレーネと同じ笑い方であり、初めて姉妹なのだと理解出来(でき)たような気がした。


「……さて、リュージ。私は()かなきゃならないけど、貴方は(ちが)うわ」

「……俺は生きている、ん、ですか?」


 俺は『先生』の言葉に若干(じゃっかん)戸惑(とまど)いを(ふく)ませながらそう返した。雷に打たれたのは二回目だが、果たして蘇生(そせい)出来るのだろうか。


 不安が表に出てしまったのだろうか、『先生』は「大丈夫(だいじょうぶ)よ」と小さく笑った。


「だって、貴方にはレーネを幸せにして貰わないといけないもの」

「……俺たちのことを(みと)めてくれるんですか?」

「まあ、リュージのこれから次第(しだい)、よ」


 ……肩を(すく)めてそんな事を言われるとどうにも認められた気がしないんだが。


 そんな緊張感(きんちょうかん)の無いやり取りをしていたものの、『先生』は最後に(はかな)い微笑みを見せた後、目を閉じた。そしてその身体が段々(だんだん)朧気(おぼろげ)に消え始める。


 この(やさ)しい夢も、終わってしまうのか。


「私は道を(あやま)ってしまったけれども、貴方たちはどうか、(たが)えないようにね」

「…………はい」


 決して、違えはしない。これは『先生』が、最後に教えてくれた事なのだから。


「だから、見守っていてください」


 泡沫のように消えてしまった『先生』へと、俺はそう語りかけたのだった。


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ