第一五五話「それはまるで、堅牢な要塞のようであり」
俺たちが作戦を考えている間に、エメラダはゆっくりと起き上がっていた。四本の腕を持つ大きな身体から俺たちを見下ろす金色の瞳に、もう感情など残ってはいない。
「では、作戦通りに行くぞ」
「了解しました」
ヨーゼフ隊長の合図と共に、俺たちは各自配置に就く。ミノリたち近接戦メンバーはエメラダから十分に距離を取った上で前へ、遠距離攻撃組はその後ろに並ぶ。
俺とスズはと言うと、最後方に位置取っている。スズは〈エレメント・ディテクション〉と言う高等魔術を使って精霊の力を感知し、俺に伝える役目を担っている。これによりエメラダが雷を宿しているかどうか分かるらしいのだ。
そして俺は、用意しておいた錬金長銃でエメラダの魔核を狙う役だ。出来るならば他のメンバーにこの役目を任せたかったが、この銃は刻印魔術で俺にしか扱えないようになっているので仕方無い。
「スズ、今はどうだ?」
「ん。まだ雷の力をびんびん感じる。触っちゃダメ」
「了解だ」
俺はスズへ短くそう返すと、その旨を全体へ周知した。スズは普段大声を出すことが無いので代わりに伝えている。慣れないことで声を枯らしてしまっては困るからな。
「おっと、動き出したな」
少し様子を窺うつもりだったが、エメラダはその脚を持ち上げてじりじりと此方に向けて動き出した。四本の腕を持っているが、腰から下はまるで根っこのように何本にも分かれ地面へと突き刺さっている為、動く度にそれを抜かねばならない。機動性は悪いにしろ動かないことは無いだろうと思っていたが、やはりか。
「隊長、手筈通りに!」
「ああ、分かっている!」
俺が大声で呼び掛けると、隊長はすぐにエメラダの側面から近付いていく。相手の攻撃手段が不明な以上迂闊に接近は出来ないが、それでもやって貰わなければならない事がある。
隊長は手にした薬瓶を、エメラダの足元へと投げつけた。若干横に逸れた感はあるが、瓶は魔人の足元近くで割れる。
割れた薬瓶から強烈な冷気が発生し、エメラダの根っこのような脚を白く染めてゆく。脚が凍れば移動することも出来まい。
「第一段階は成功だな、レーネが色々と薬を作っておいてくれて良かったぜ」
「ん。ばっちり凍ってる」
俺はスズとそんなやり取りをしつつ、〈エルムスカの魔石〉を使って錬金長銃の弾薬に〈鋭利〉の一時付与を施しに掛かる。狙うは魔核だ。
「リュージ兄、魔人の触手が隊長を狙ってる」
「えっ」
付与を掛け終わり、さあ魔核を狙うぞと構えに入った所で聞こえたスズの声に、俺は慌てて構えを解いて全体の様子を窺った。
すると、薬瓶を投擲する役目の為にやや近付いている隊長へと、エメラダから一本の金色の触手が伸び始めていることに気が付いた。
「隊長! 触手が近付いています! 触れるつもりだ!」
「なっ!?」
俺の言葉でようやく気付いた為間に合わないかと思われたが、咄嗟に隊長は盾を投げつけ、触手がそれに正面衝突したお陰で難を逃れることが出来た。
「こんな攻撃をしてくる可能性も考えなかった訳では無いが、やはり触れられないと言うのは厳しいな」
「ん。でもそろそろ雷の力が弱まってきてはいる」
俺はもどかしさにぼやいたものの、スズは朗報を伝えてくれた。ってことは、もうじき攻撃に入れるって事か。なら――
「スズ、雷の力が失われたら教えてくれ。それを皆に伝えた所で俺が狙撃に入る」
「わかった」
狙撃で弱ったところを総攻撃した方が効果も高いだろう、と見てのことだ。長銃用の弾薬だって限られている。最も有効的な方法を採るべきだ。
そして、その時がやって来た。「もう大丈夫」というスズの言葉に、俺はあらん限りの大声を出すべく、大きく息を吸い込んだ。
「雷の力が消えた! 近接班の攻撃タイムだ! 俺が狙撃したら近付いてくれ!」
俺の大声を受け、近接攻撃班の緊張が高まったように見えた。そして俺はエメラダの魔核を狙うべく、急ぎ構えに入る。出来ればこの一発で仕留められれば良いのだが。
引鉄を引き、乾いた破裂音と共に弾丸が発射される。それは狙い過たずエメラダの胸へと吸い込まれ――
そして、何も起きなかった。
「……は?」
俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。エメラダは全くダメージを負った様子も無く、仰け反ることもしなかった。
と言うか、防御されたらされたで、命中すれば音くらい鳴る筈だ。それすら無かったと言う事は――
「……錬金長銃の弾丸が、逸れた? そんな馬鹿な」
錬金銃、錬金長銃の弾丸には魔力が籠められており、目標へ必中するようになっている。逸れる事など、有り得ないのだ。
「〈矢避け〉」
「え?」
スズがぽつりと零した言葉に一瞬呆けたものの、俺は妹が言わんとしている言葉にハッと記憶の片隅からその単語を取り出した。
〈矢避け〉、それは遠距離攻撃を無効化する加護の一つであり、その力を付与する魔石も存在する。それを持っている限りは、一切の遠距離攻撃から護られるのだ。
「……エメラダは、〈矢避けの魔石〉か何かを持ってるって事か?」
「それか、その加護を持ったマジックアイテム。でないと、錬金長銃の弾丸が外れる訳が無い」
スズの冷静な分析は恐らく正解だろう。妹の言う通り、外れる筈の無い遠距離攻撃が外れるなど、〈矢避け〉の加護が無い限り不可能だ。
そうか、それで隊長が薬瓶を投げつけた時、若干逸れてしまったのか。多分、エメラダは錬金銃で狙われることを先読みして、この加護を用意していたのだ。
しかし、そうなると――
「……遠距離攻撃は一切効かないって事か。まるで要塞だな」
堅牢な魔人の要塞を前に、俺は歯噛みをするしか無かったのだった。
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