第一五四話「エメラダが手に入れた物は、天の力だった」
「畜生が!」
俺は呪いの言葉を吐きながら、剣を逆手に持ち、エメラダの心臓へと突き立てる。魔人化する前に魔核となる心臓を壊してしまえば防げると考えたからだ。
しかし、既に身体が変質を遂げ始めているのだろう。切っ先は敢え無く弾かれてしまった。もうここまで皮膚が硬質化しているのか!
「リュージ兄! 一体どうしたの!?」
駄目元で剣に〈鋭利〉を施していると、フェロンを片付けた満身創痍のミノリと無傷のスズがやって来た。二人とも無事で何よりなんだが――
「エメラダが死ぬ前に〈魔晶〉を使って魔人化しやがった! くそっ、俺のミスだ! ミノリ、心臓を狙ってくれ!」
「分かった!」
〈鋭利〉をミノリの魔剣の一本、〈ペイル〉に施す。その間にもエメラダは化け物へと変貌を遂げてゆく。悲しい事に、既にあの優しげな面影は影も形も無くなっていた。
「駄目! 弾かれる!」
「〈ペイル〉でも駄目か……、なら――」
俺が虎の子の武器をマジックバッグから取り出そうとした、その時。
エメラダはその四本の腕を大地に突き立て、背を起こし、天に向けてくわりとその口を大きく開けた。魔人の心臓を狙っていたミノリが慌てて飛び退く。
「マズい、何か来るぞ! 二人とも離れろ!」
俺がそう叫ぶもエメラダはじっと天を仰いだままだが、どういう訳か晴れ渡っていた空に暗雲が垂れ籠め始めた。
もしかして、これは、まさか――
「……リュージ兄、これ、危険。もっと離れないと」
「散開だ! 散開しろ!」
スズの警告を受けて、俺たちはその場から可能な限り離れる為、駆けた。俺だけは隊の皆にも情報を連携する為に、ヨーゼフ隊長の下へ急ぐ。皆も俺たちに加勢しようと準備していたようだが、逃げる俺たちを見て戸惑っている様子だった。
「おいリュージ、アレは何だ。何が起きている?」
「隊長、あれは恐らく――」
と、言い掛けたその時。
耳を劈く轟音と共に、エメラダの身体に極太の雷が落ちた。あまりの衝撃に空気が揺れ、目の前が一瞬白くなる。
「………………」
「………………」
俺も隊長も、何も言えずに沈黙する。その間に、暗雲は霧散し、また晴れた空が広がった。どういう原理だ。
エメラダの周りの草は焼けているようだが、本人は雷の直撃を受けながらも、全く焦げた様子も無い。まあ、そりゃ雷を呼んだ本人がそれで死ぬ筈も無いんだが。
「……順を追って説明します。俺は邪術師エメラダを倒しましたが、不覚にも魔人化されてしまいました。そして魔人はそれぞれ固有の能力を持っています。エメラダの場合、それがあの雷を呼ぶ力なのでしょう」
「……なんと厄介な」
俺の説明を聞いた隊長は、エメラダの方に視線を移し苦々しい表情を浮かべた。魔人はゆっくりと身体を起こそうとしている。余り話している時間も無いかも知れないな。
「雷が直撃されたというのにあの様子だと……まさか、雷の力を宿しているのではないだろうな」
「それは有り得る」
隊長が推測を口にした所で、空を飛んでやって来たスズが同意を示すように頷いた。遅れてミノリも駆けてくる。
「きちんと紹介していませんでしたね。こちらはスズ、あっちはミノリ、見ての通り、魔術師と剣士です。スズ、それからミノリ、こちらはヨーゼフ隊長だ」
俺は地面に降り立ったスズと、全速力で駆けたお陰で息切れしているミノリに隊長を紹介した。町で妹たちに連絡を取ったのは別の隊員なので、隊長は初見なのである。
「ああ、よろしくな」
「はぁっ、はぁっ、よ、よろしくお願いします……」
「ん。よろしく。で、あの魔人が雷を宿していると、直接攻撃が出来ない」
「……それは、どう言う事だ?」
俺は言葉足らずなスズの言葉に続きの説明を促す為にそう問い掛けた。直接攻撃が出来ないと、足止めが出来ない為にかなり危険だ。
「雷を宿す魔物というのは稀に居る。そういう魔物に金属製の武器で触れると、攻撃した方が雷に打たれる事になる。当然、直接触れても雷に打たれるけど」
「………………」
えぇ……、それは厄介どころじゃない話になってくるな。となると、遠距離攻撃をちまちまと繰り返すしか無いのか?
そう問うてみると、スズはふるふるとかぶりを振った。何か手があると言うのか。
「たぶん、元々雷を宿している魔物という訳じゃないから次第にその力は失われると思う。ただ、切れた頃にまた雷を呼ぶと思うけど」
「その力が失われたかを、どうやって判断するのだ?」
雷の力が切れたら攻撃すりゃ良い訳なのだろうが、それが切れたか判断出来ない間は直接攻撃出来ない。お試しで雷に打たれたくなど無い。
隊長の質問にスズは、何故かそのうっすい胸を偉そうに反らして見せた。相変わらず無表情で。
「スズなら出来る。えっへん」
次回は明日の21:37に投稿いたします!