第一五三話「その手の中に見えた物は」
「……ごふっ……」
口から黒い血を吐くエメラダ。
アーベルの剣の切っ先は、彼女の腹へ沈み込んでいた。
「………………」
俺はエメラダの腹から剣を抜き放ち、彼女を黙って見下ろした。ローブにじわじわと赤い染みが広がっていく。間違い無く致命傷だ。
だと言うのに、エメラダは目を見開き、嗤っている。
「くく……ククク……、なんだ、そうなのね。結局、私には破滅がお似合いって事なのね……?」
エメラダは自らを嘲るように、只管に嗤っていた。言葉の上では兎も角、エメラダの顔に浮かんでいる物は後悔では無い。ただ、自分のような傲れる者に訪れる結末という現実を見つめているだけだろう。
「これは、神の力を利用しようとした、罰って事かしら……?」
「……さあな」
誰へとも無いエメラダの問い掛けに、俺はそんな言葉だけ返した。そんなの、神様に聞いて欲しいもんだ。
しかし、師が自分の手で死にゆくと言うのに、なんとも実感が湧かない。俺はもう、この人を師と思っていないからなのか。
だとしたら、それは少し、寂しいと言うものだ。
「……あーあ、こんなにあっさりと、リュージに負けちゃうなんてね。予定ではこっちが圧倒してさっさとレーネを連れて行くつもりだったんだけど」
エメラダは俺を見る事無く、つまらなそうにそんな事を口にした。まだレーネに固執してんのか。お前も大概しつこいな。
「レーネはお前の妹だが、お前が好きにして良い訳じゃない。それに――」
「それに?」
レーネは俺の嫁だとでも言うと思っているのか、エメラダは若干不愉快な表情になっている。
だが、そうじゃない。俺が言いたいのは――
「レーネはな、エルフの村がお前に滅ぼされた日、自分が他人と関わる姿勢に問題があると気付いたんだ。そして、それを正して生きようと決めていたんだよ」
「………………」
俺の口から出た予想外だったであろう言葉に、ぽかんと呆気にとられて口を開けているエメラダが居た。
「あの時、レーネは自分のしていた事を見つめ直して改めることを決めた。お前はどうだ? 何時までも他人の所為にした結果がこのザマだろう?」
「……それ、は……」
俺の強い口調に、エメラダは言葉を失っていた。かつての恩師に説教などとは良いご身分かも知れんが、死ぬ前に考えて貰いたいのだ。
「きっと、もう少しレーネと再会するのが早ければ、お前もレーネに諭されて道を誤ることも無かっただろう」
「……そう、なのね……。何時までも子供だと思っていたのに、なんか、寂しいわ」
無事な左手で髪を弄りながら、エメラダは時折咳き込みながら黒い血を吐き出している。もう、あまり話している時間も残されていないだろう。
「子供なもんか。もう立派な一児の母親だし、もうすぐ二児になる。まあ三児かも知れんが」
「……あのリュージの癖に、やることやってんのねー……」
やかましい、あのリュージとかやることやってるとか言うな。
「……レーネだって、色々と苦労してきた話は聞いた。彼女だって荒波に揉まれ、当然、成長してきたんだ」
「そりゃ、そうよね」
そうして暫し、沈黙が流れる。ふと妹たちや隊の皆を見ると、どうやら其方の戦いも終わったようだ。皆、無事らしい。
沈黙の中に一際大きな咳が響く。いよいよもって、もう、駄目なのだろう。
「……さて、そろそろ私は逝くとするわね」
ふっ、と髪をかき上げるような仕草を取り、エメラダは目を瞑って小さく笑う。散り際は気高く在りたいとでも思っているのだろうか。
「止めは要るか?」
「良いわよ、別に。ただ――」
「…………ん?」
エメラダへと視線を戻した俺は、髪を弄る彼女の仕草に、どうしようもない違和感を覚え、視線が釘付けになった。
そしてその手の中に光る物を見つけ、顔から血の気が引いた気がした。
そうだ、此奴は邪術師だ。どうしてその可能性を考えなかった。
「ただ、ね、こんな失策、許して頂ける筈が無いのよ! せめて、貴方たちを道連れにしないとね!」
「やめ――」
俺が制止するよりも早く。
エメラダは手の中に隠していた金色の針を、自分の頸へと突き立てた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!