第一五二話「アーベルの無念を力に、お前を討つ」
「深淵より来たれ、神殺しの刃! 其処な付与術師の首をかっ切れ! 〈ラウ・アレ〉!」
俺に向けて翳されたエメラダの右手から空気の刃が二つ生まれ、弧を描いて飛んで来た。空気なのに見えるのは、それ自体が振動して周りの空気が歪んでいるからだ。まあ辛うじて見えるだけなのだが。
俺はその刃をはたき落とす事はせず、姿勢を低くしながらエメラダへ突進した。魔術が故に食らえば〈大金剛の魔石〉では防げないだろうし、はたき落とそうとしても剣が耐えきれるか分からない。だったら術者を大人しくさせるまでだ。
「甘いッ!」
そんな言葉と共にエメラダが手を動かしたと思ったら、左右から飛んで来た刃が軌道を変えた。だがこれも予想済みだ。
俺は刃の位置を確認しながら僅かに左右へ移動し、身体を横へ倒しながら前方へ転がった。今まで居た場所から、ふぉん、という音が鳴る。上手く行ったか?
「なっ!?」
「ふっ!」
刃同士を誘導しぶつけて相殺した事に驚きの声を上げたエメラダの足へ、立ち上がる勢いのまま右脚で足払いを放った。が、それはエメラダの持つ金属製の杖に護られてしまう。
「ふんっ!」
俺はその勢いを殺さずに回転し、両手で持っているアーベルの剣を思い切り横へ薙いだ。エメラダの杖に当たり、がきぃん、という音が鳴り響く。
足払いも剣も防がれてしまったが、懐には入れた。邪術も高等魔術も難なく扱うエメラダと距離を取って戦うのは不利だからな。
「おらっ! おらぁっ!」
「くぅっ! 馬鹿な、重い!?」
俺は拙い剣技ではあるものの、アーベルのロングソードで容赦ないラッシュを仕掛けた。技量が至らないのであれば、俺の図体を利用した力で押すしか無い。
エメラダは恐らく〈魔晶〉を利用している筈なので、普通に考えれば単純な力押しで圧倒されるなどとは考えもしなかったのだろう。
でも、此方とて準備はしているのだ。最高品質の〈豪腕の魔石〉に、新しい〈練魔石〉である〈想念の魔石〉を。
「重いか! そうだろうな! それだけお前に対するアーベルの想いが強かったって事だ!」
「一体、何を言っている!?」
俺の叫びは理解出来ないのだろう、エメラダは焦りと困惑に満ちた表情でどうにか俺の斬撃を捌いている。しかし、杖や魔術での反撃は出来ていない。一方的な展開となっていた。
エメラダも飛び退いたり走って逃げたりもして距離を取り邪術や魔術の行使を試みるのだが、生憎俺がそんな事を許す筈も無く、即座に追い付き、斬撃を放っては詠唱を中断させていた。
「逃がすか、よっ!」
「しつこいっ!」
何度も追い付いてくる俺のしつこさに歯噛みをしながらエメラダが己の身を守る為に杖を翳した所に、剣を重ね、圧す。押し合いは拮抗よりやや此方が優勢といった様子だった。
「……くっ……、リュージ、貴方は体術と魔術を武器にしていたと思ったけど? 何時の間に剣なんて習ったのかしら?」
「剣なんて習ってねえよ。けどな、お前はこの剣で倒すことに決めたんだ」
俺は辛そうに杖を震わせるエメラダへそう応え、更に身体全体の体重を乗せて押す。アーベルの剣と言うか、遺品だからこそ意味があったのだけどな。
〈想念の魔石〉は、その持ち主が抱えていた想いを力にする。何とも曖昧な効果ではあるが、〈魔晶〉を圧倒する程に力を発揮していると言うことは、それだけアーベルは無念を抱えていたって事なんだろう。
その無念は、歪んでしまったエメラダを殺す為に使わせて貰う。彼とてこんな状況は、きっと望まなかっただろうから。
「アーベルの剣、ね……。今更、そんな物で私が――」
エメラダが何か言い掛けたが、構わず俺は押し続ける。すると拮抗は容易く破れ、エメラダは右足を後ろに引き踏ん張ることになった。
「馬鹿……な、こっちは、〈魔晶〉を、使ってるの……よ……?」
「五月蠅え、〈魔晶〉が何だ! こっちは負けられねえんだ、よ!」
上から力を掛けていた所に、不意を突いて下から突き上げるようにしてエメラダの杖を弾く。相手がたたらを踏んだ所へ、俺は容赦無く剣で突きを放った。
「ぐっ!」
エメラダは身体を捻り躱そうとしたものの、剣は右上腕部を斬り裂き彼女は悲鳴を上げる。俺は更にそのまま体当たりを仕掛け、エメラダを転ばせた。
「せいっ!」
俺は更に剣を振りかぶり、地面のエメラダへと振り下ろす。慌てて彼女は無事な左手で杖を翳したものの、片手で防げる筈も無く――
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