第一五一話「神は救ってはくれない、だがお前の傲慢は許されない」
※リュージの視点に戻ります。
ミノリとスズはフェロン、隊の皆はアデリナと対峙している。妹たちは兎も角、ヨーゼフ隊長率いる面々は邪術師と初の戦いとなる訳だが、アデリナが幻影を得意としている事などは事前に話してあるし、戦えると信じるしか無いだろう。
「あらリュージ、私を前に余所見とは余裕じゃないの」
と、他の方を気にしていたらあっさりとエメラダに見抜かれてしまった。それでも攻撃して来ないのは、それこそ此奴の方が余裕だからなのだろう。
「そうだな、こちらの方は余裕があるから、終わったら何方に加勢するかを考えていた」
「ふん、言うじゃない、のっ!」
エメラダが何かを放った。が、ちぃん、という音を立てて〈大金剛の魔石〉が作る物理障壁に弾かれてしまう。どうやら放った物はあの金色の針だったようだ。
あくまで物は試し程度だったのだろうが、攻撃が弾かれたことにエメラダは顔を顰め、嫌悪感を示した。もう戦いは始まっているのだし、当然〈大金剛の魔石〉は発動済みなのである。
「全く、忌々しい魔石ね。〈金剛の魔石〉だけならまだしも、そのお陰で触手も効かないとあれば、リュージを付与術師にしたことが今頃になって悔やまれるわ」
「そりゃ残念だったな。こちとら妻と一緒になる切欠にもなったし、感謝してるんだが」
「リュージがレーネの夫なんて、認めないわよ!」
レーネの話になった途端、エメラダは露骨に牙を剥いた。俺もよく言われるが、此奴のシスコンぶりも大概である。
しかし、何故レーネに固執するのだろうか? レーネからはエメラダも村で浮いていた存在で、姉妹はお互いが唯一の拠り所だったと聞いている。
だったら何故、此奴は村を出たんだ?
「……何か聞きたそうね?」
「何故、お前はレーネを捨て、エルフの村を出たんだ?」
エメラダは俺の言葉を待っていた為そう問うてみると、目をすぅっと細め、俺を射殺さんばかりに睨み付けた。おお怖い。
「……あの頃はね、私も馬鹿だったわ。光の神へ信仰を捧げていれば、何時かは救いが訪れると思っていたのだから」
独白を始めたエメラダだったが、そこで一旦息を吐いた。
「私はね、信仰を捧げて聖女と呼ばれることを目指したわ。そうすれば、妹であるレーネの地位も向上すると勘違いしていたの。でもね、聖女と呼ばれようが、神は救ってくれないのよ」
「……だから、今は罪滅ぼしの為レーネに固執しているって訳か」
聖女と呼ばれようが、神は救ってくれない、か。
だが果たして、妹の為に聖女と言う地位を目的として神に仕えることを信仰と呼んでも良いのだろうか。それに――
「だが、お前が今信仰しているアブネラも、神じゃないのか?」
俺たちにとっては邪神であっても、此奴等にとっては神の筈だ。だと言うのに、邪教徒には救いをもたらさないと言うのか。
そう考え問うてみたのだが、エメラダは頷き、そしてどういう訳かかぶりを振って否定した。
「ええ、神よ。でも、アブネラ様は救いをもたらさない。もたらすのは破滅よ。ただ――」
「……ただ?」
俺の言葉に、エメラダは満足そうな表情で諸手を広げて見せた。まるでそれは、何処かの支配者であるかのような仕草に、俺は見えた。
「私はその力で、『平等』をもたらすわ。権力者と言う権力者を全て地ならしして、全ての階級を撤廃する。そんな世界を作る」
「………………」
その傲慢な物言いに、俺は沈黙を返すことしかしなかった。
……平等な世界、か。
破滅を用いてそんな世界を作ると言う考えに至った経緯は、やはりアーベルという恋人が冤罪で処刑された事に起因するのだろう。だが――
「確かに、世界は平等じゃない。神も必ず救ってくれる訳では無いんだろう。だからこそ、俺は両親を喪い、妹たちと一緒にお前に救われた」
「……そうね、だから――」
「でもな」
何か言い掛けたエメラダを差し置いて、俺は強い口調で口を挟んだ。此奴の心に響くかどうかは分からないが、これだけは言っておかねばならない。
「神の力を利用する事だけ考えている奴に、その神からの救いなんて訪れる訳が無いだろうが。挙げ句の果てには『光の神を頼りにその力を利用していたのに、救わなかったから今度は邪神の力に頼る』か? 次に失敗したら、お前は何を頼りにするつもりだ? えぇ?」
「なっ……!?」
俺の詰問に言葉を失うエメラダ。みるみるうちに顔が強張り顔も紅潮して行くが、言い返すことが出来ずにただ口を開け閉めしているだけだった。
ああ、腹が立つ。俺たちを救ってくれた恩師は、こんな奴じゃなかった筈なのに!
「救いを求めることを他力本願とは思わない。……だがな、光の神はお前の傲慢さに呆れて救いをもたらさなかったんだよ!」
救いを求めて信仰を捧げるのは良いだろう。
だが、救いを求め、その為に神を利用するなど、なんと傲慢なことか。
俺の止めの一言に、エメラダは肩を震わせていた。恐らく、今までの自分を思い返して図星を突かれた気分なのだろう。
しかし、突然大きく息を吸い込んだかと思うと、エメラダは大きな溜息を吐いた。
「……それの何が悪いの? 私たちは虐げられていたのだから、何かの力を利用してまで生き延びたいと思うのは、当たり前じゃない?」
エメラダは最初に見せていた余裕の笑みに戻り、悠然とそんな事を言ってのけた。開き直った、か。
「……どうやら、キツいお仕置きが必要なようだな」
俺はそう言い放ち、アーベルの剣を鞘から引き抜き、両手に持って構えた。邪術師相手では〈フューレルの魔石〉が効果を為さない為、今回は素手で戦う訳ではない。
それに、この剣で戦う理由は他にもある。それは――今回の為に新しく用意した〈練魔石〉だ。この剣でなければ力を発揮しないのだ。
「あら、教え子へのお仕置きは『先生』の役目よ。だから――躾けてあげるわ」
俺たちは己の武器を携え、互いへ向かう道への一歩を踏み出した。
話で解決する段階は、とうに終わっていたのだ。
次回は明日の21:37に投稿いたします!