第一五〇話「幕間:ミノリとフェロン(後編)」
※今回もミノリ視点です。
左手の〈ヤーダ〉でフェロンの突きを受け流す――が、まるで蛇のように敵の仕込み杖の刃は動き、そのままあたしの左腕を斬り裂いた。本当に刃がうねっている訳ではない。そう見えるほどフェロンの技量が高いのだ。
「そら! どうしました!? 脇が甘いですね! 双剣ならばもっと手数で勝負せねば!」
「くっ……!」
左手一本で仕込み杖を操るフェロンの猛攻に、両手で二本の魔剣を操るあたしは防戦一方だった。悔しいけれど、こいつの方が剣術は格上だ。生前は第一等冒険者と言っていたけれど、どれ程凄い人物だったというのか。
でも、フェロンは剣士ではなくて邪術師だ。幾ら相手が元第一等冒険者とは言え、剣士が魔術師系の職業に近接戦でやられる訳にはいかない!
「ミノリ姉!」
「スズは降りて来ちゃ駄目! さっき防げたのは運が良かったか、こいつの気まぐれだよ!」
〈フライト〉は高等魔術の上、その状況で魔術を複数展開するのは危険だ。万が一失敗して落ちれば洒落にならない。
「おや、気付いていましたか。とは言え、本気は本気でしたよ。ただ、少々舐めていたかも知れませんが」
あたしのフェイントを軽くあしらいながら、フェロンは感心していた。舐めてくれていたお陰でスズは助かったのか。
しかし、相手は男性とは言え、左手の仕込み杖相手に双剣で戦っているのに攻めきれないなんて。力の差がここまで大きいのは何故――
「……〈魔晶〉を、使ってるのか!」
「使っていない訳が無いでしょう」
気付いたあたしが斬りかかりながら問い詰めると、フェロンは平然とそう答えた。人の命を材料として作られた〈魔晶〉は、人や動物を魔物に変える猛毒である一方、身体能力を向上させる効果がある。その力は付与術の比ではない。道理であたしが〈豪腕の魔石〉を使っていると言うのに力で太刀打ち出来ない訳だ。
そうするとこのままじゃジリ貧だ。何とかして奴へ有効的な攻撃を与えられる手段を――
『ミノリ姉、ちょっといい?』
『……スズ? アンタ、〈フライト〉中に〈念話〉なんて危ないじゃない』
攻め方を考えていた頭の中へ、スズから〈念話〉が届いた。あの子、〈フライト〉を使いながら魔術を複数展開しているようだ。
『それは置いといて。スズが合図したらフェロンから大きく離れて。それまでは全力で戦うように』
『今も全力だけどね……分かった』
あたしは気取られぬように両手の剣を繰り出しながらスズに応えた。妹が何をするのかは分からないけど、姉として信じるだけだ。
「はぁぁぁぁ!」
「無駄です、隙が大きい。このままでは急所に一撃貰うのも時間の問題ですよ?」
気合いを入れ直したあたしの猛攻を、フェロンは苦笑を浮かべ難なく防いでゆく。奴の言う通り、あたしは急所こそ辛うじて防いでいるものの、仕込み杖の攻撃を身体のあちこちに食らっており満身創痍だった。
でも、あたしは一人じゃない。一人で戦っているんじゃないんだ。
『今。離れて』
スズの合図が聞こえ、あたしはフェロンの刃に弾かれた振りをして大きく距離を取った。そして、目に流れ落ちそうな血と汗を右腕で拭う。
「さて、そろそろ遊びも終わりにしますか――ぬおっ!?」
完全にあたし一人を相手にしていると勘違いしており、使っていない右肩を回したりしているフェロン。
その頭に、空から落ちてきたレーネの薬瓶が命中したのだ。犯人は勿論、スズである。
「魔術師スズ! 貴女ですか、これは一体――」
一体何か、と問おうとでもしたのだろうか。それを最後まで口にする事も出来ず、フェロンは炎に包まれた。上空のスズが巻き込まれないように慌てて退避している。
「〈ナパーム〉だったっけ。良く燃えるね、レーネの新型爆薬は」
あたしは両手の魔剣を握り直し、仕込み杖を取り落として全身の炎に悶えるフェロンの方へ歩み寄る。最早、炎の所為で呼吸さえままならないんだろう。
「アンタ、見事な剣術だったよ。〈魔晶〉も魔石も無しでやり合いたかったもんだけど」
あたしは躊躇いなくフェロンの心臓に右手の〈ペイル〉を突き立てた。こいつの心臓を貫くのは二度目だ。
「出来れば、三度目は無いと良いね」
〈ペイル〉を引き抜き、炎に塗れ頽れるフェロンを見やってから、あたしはそんな事を独り言ちたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!