第一四九話「幕間:ミノリとフェロン(前編)」
※ミノリ視点です。
「また、アンタと戦うことになるとはね」
あたしは両手に魔剣を携え、目の前の邪術師フェロンを睨み付けた。スズも杖を構え、既に詠唱を終えた高等魔術を放つ準備が整っている。後はあたしと連携するだけだ。
フェロンはそんなあたしたちを睥睨すると、ククク、と含み笑いを上げ両手を広げた。右腕が焦げていて使い物にならないだろうに、その身体から目に見えそうな程の殺気が立ち上る。
「剣士ミノリ、でしたか。ここに居る私は貴女と戦った事などは知らないのですが――まあ、良いでしょう。一度は失敗したミッションですが、今度は成功させれば良いだけの話です」
「抜かせ、邪術師! 何度掛かって来ようが、あたしたちはアンタたちを滅ぼすだけだ! ベルとアイを傷つけたことは許さない!」
余裕の態度を崩さぬフェロンに、あたしは吠え、一気に距離を詰めた。〈大金剛の魔石〉があれば触手は効かないし、接近戦が有利だ。直ぐに仕留めてリュージ兄の援護に行かないと!
と、肉薄した所へ地面から触手の壁が現れる。あたしは踏み止まらずに、そのまま壁を左手の魔剣、〈ヤーダ〉で斬り裂いた。
――が、壁の向こうには、フェロンが居ない。
「何処へっ!?」
「きゃあっ!?」
あたしがフェロンの姿を見失うと同時に、背後でスズの悲鳴が上がった。慌てて振り返って見れば、妹は己の杖で邪術師が振り下ろした仕込み杖を防いでいた。あの様子だと〈大金剛の魔石〉が効いていない。仕込み杖は付与を打ち消す古代遺物か何かなのか、厄介な。
「おやおや、防がれましたか、これも我が主の鍛錬の賜物なのでしょうが」
「貴様ァ!」
すぐにあたしは方向転換してスズの援護に向かった。が、再び目の前に触手の壁が現れる。ああもう! 邪魔だ!
そして斬り払った先には、やはりスズしか居なかった。そして聞こえる含み笑いに振り返ると、元の位置に戻っているフェロンの姿が在る。
「……どういう手品?」
「わかんない」
あたしの呟きに、スズも理解不能だと言って返した。姿が見えていない間に瞬間移動するのだろうか?
「アイツの瞬間移動って魔術の類だよね。だったら、制約がある筈。それを見極めよう。スズは〈フライト〉で上空へ飛んでいて。そしたら近接攻撃で狙われないでしょ」
「でも、それだと魔術的攻撃で狙われたら終わる」
「ああ、そっか……」
スズの指摘に、あたしはフェロンから目を離さないまま唇を噛んだ。〈フライト〉を使用している間は無防備になるもんね。
〈大金剛の魔石〉と〈抗魔の魔石〉はどういう訳か併用することが出来ない。その為、魔石で物理的防御と魔術的防御を同時に展開することは出来ないのだ。
「……ん? 待てよ?」
あたしは一つ思いついたことがあり、スズを呼んでそれについて提案してみた。
すると妹は眉間に皺を寄せ、ふるふるとかぶりを振って見せた。
「駄目、ミノリ姉が危険。フェロンと一対一になる」
「今更でしょ。それに、あたしは一対一でも負けるつもりは無いよ」
スズは心配なのだろうけど、あたしは近接戦ならばフェロンに負けないだろう。ここで負けたら、リュージ兄にもレーネにも合わせる顔が無い。
暫し妹は考え込んでいたけれども、やや不満顔のままにコクリと頷いた。
「よし! お願いね!」
「わかった」
淡白な返答だけ残して、スズは〈フライト〉の詠唱に入った。この魔術を知っているのか、フェロンが訝しげな表情を浮かべている。
「……妹さんは戦線離脱でしょうか? 貴女一人で私を倒せるなどとは、舐められたものですね」
「こっちにも考えがあんのよ」
不快感を露わにしているフェロンに、あたしは肩を竦めて返した。相手の都合に合わせてやる義理なんて無いしね。
あたしはスズの詠唱が完成し空高くへ舞い上がったのを確認してから、フェロンをじっくりと観察することにした。あの高さまで上がれば、魔術攻撃も届くまい。
そして奴はスズを目で追っていた。頬に汗が流れている。
「おやおや、どうしたの? 焦っているようだけど」
「……何を言っているのか分かりませんね」
あたしの煽りにも明らかに動揺しているフェロンは鼻で笑っているけれど、その理由には薄々気が付いていた。スズが上空から見ている為に瞬間移動の絡繰りを暴かれたくないか、或いは――
「誰かに見られていると、瞬間移動が出来ないか、か」
「………………」
あたしの独り言だったとは言え、フェロンは何も返すことが出来なかった。どうやらビンゴみたいだ。
おかしいと思ったんだ。瞬間移動するのならそのまますれば良いだけなのに、わざわざ触手の壁を作っていた。あれは恐らく、瞬間移動という離れ業を行う上での制約なんだろう。
フェロンは数瞬黙っていたけれど、その顔が何かを覚悟したような表情に変わり、仕込み杖を左手で構え、切っ先をこちらに向けた。
「……私とて、生前は第一等冒険者です。第二等冒険者に後れを取る訳には行きません。やれるものなら、やってみなさい」
今までと雰囲気が違い、そのフェロンはまるで剣術の師範のようで構えに隙は無かった。こいつ、本当に邪術師なんだろうか?
あたしは緊張に思わず唾を飲み込んだものの、両手の魔剣の柄をしっかりと握った。ここで、負ける事なんて許されない。
「望む所よ」
そう言い放ち、あたしはフェロンへ通ずる道の一歩を踏み出し、魔剣を両手に、駆けた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!