表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/209

第一四七話「布石は随分前に打っておいたのである」

※今回は § 以降が三人称視点です。

 ザルツシュタットに(もっと)も近い東の町ザートに到着(とうちゃく)したものの、(いま)だエメラダどころか邪術師(じゃじゅつし)たちの影は無い。


 しかし俺たちも町を戦場(せんじょう)にするつもりは無いので、町への用事は俺を(のぞ)隊員(たいいん)が水と食糧(しょくりょう)補給(ほきゅう)(おこな)うだけに(とど)めた。基本は野宿(のじゅく)なのである。


補充(ほじゅう)完了です」

「よし、早々(そうそう)に出発するぞ。夜までに町からは(はな)れておきたい」


 今回補充を担当(たんとう)した二人の隊員の報告(ほうこく)を受け、ヨーゼフ隊長がすぐに出発の命令を出した。このまま進めば、明日の昼にはザルツシュタットに到着するが――


「明日は予定通り、ザルツシュタットの手前で停止し、二チームに分かれて作戦行動を行う。捜索(そうさく)チームは町に入って防衛隊(ぼうえいたい)に協力を(あお)ぎ邪術師エメラダを捜索、もう片方のチームは戦闘(せんとう)準備(じゅんび)(ととの)える」


 隊長の言葉に、隊員たちは各々(おのおの)敬礼(けいれい)(とも)了解(りょうかい)(むね)を返す。明日はザルツシュタットか、旅もあっという()だったな。


 しかし――


「隊長、そのことなのですが」

「どうした、リュージ」


 俺は全隊員の前で手を()げ、一つの(あん)を説明して聞かせた。その(ため)布石(ふせき)については、出立(しゅったつ)よりも前に打ってあるのだ。


「……成程(なるほど)、そんな事をしていたのか。ならば捜索チームの動きが変わるな。防衛隊の詰所(つめしょ)で、リュージの妹を呼べばいいんだな?」


 隊長は少し考えていたが、闇雲(やみくも)に探すよりも有効だと理解(りかい)してくれたようだ。それに、このままでは街中でエメラダを見つけたとしても()れ出す手段(しゅだん)が無いのだ。だったら妹たちを(たよ)りにした方が良いだろう。


「はい、ミノリとスズです。(おそ)らくですが、エメラダならばそう動くでしょう。……ですが相手はエルフです。内緒(ないしょ)話は筒抜(つつぬ)けになりますので、くれぐれも慎重(しんちょう)に」

「そうだな。……と言うことだ。(くわ)しいことは今日の夜(つた)えるが、(みな)も心しておいてくれ」


 隊員たちは(ふたた)び敬礼を取り、一先(ひとま)ずこの場は出発となった。


 さて、(きち)と出るか、(きょう)と出るか。


 §


「ごめん『先生』! (おそ)くなっちゃった!」


 荷車(にぐるま)を引いてザルツシュタットの冒険者ギルド前に到着したミノリとスズは、開口(かいこう)一番自分たちを待っていた恩師(おんし)に対して頭を下げる事になった。


「二人とも、遅い! 人を呼んでおいて()たせるなんて、そんな悪い子に育てた(おぼ)えはありませんっ!」

「いひゃいいひゃい、へんへえいひゃい」

「いひゃいー」


 恩師に(ほお)をつねられ、仲良く涙目になる姉妹である。しかし、つねっている本人はと言うと笑っているのだが。


「なんてね、私もそんなに待ってないわよ。いきなりスズに〈念話(ねんわ)〉で呼び出された時は(おどろ)いたけど」


 パッと手を離してそう言ってのけた『先生』に、ミノリが頬を(さす)りながら同時に(ふく)らませる。


「えー、じゃああたしたち、つねられ(ぞん)じゃーん!」

「『先生』、ひどい」

「遅れたのは事実(じじつ)でしょー? で、用は何だっけ? リュージが帰って来たんだっけ?」


 抗議(こうぎ)をさらりと(かわ)しながら、『先生』は本題(ほんだい)(たず)ねた。ミノリは一瞬(いっしゅん)だけ納得(なっとく)いかないような表情を()かべたものの、すぐに自分が引いている荷車を()り返って見た。


「リュージ(にい)が町の近くまで来てるみたいだけど、町を目前にして(くま)遭遇(そうぐう)したんだって。撃退(げきたい)はしたんだけど怪我(けが)をしてるって、そこを通り()かったらしい旅人さんが教えてくれたんだ」

「あらま、流石(さすが)はリュージ、不幸体質と言うか、悪運が強いと言うか」


 何かにつけ運の悪い教え子に、(あき)れた『先生』は(かた)を落として脱力(だつりょく)した。過去(かこ)、彼女と旅をしている間にも色々(いろいろ)貧乏(びんぼう)くじを引いていたのはリュージなのである。


「でも、そしたらどうして私が呼ばれたのかしら? 熊は撃退したのよね?」


 首を(ひね)る『先生』に、スズは「そこじゃない」とかぶりを振って(こた)える。彼女()は熊の撃退について助力(じょりょく)して()しいと言っている(わけ)では無いのだ。


「スズ、回復魔術得意(とくい)じゃない。『先生』、元神官(しんかん)だから神術(しんじゅつ)使えるでしょ」

「ああ……、なるほど……。とは言え、元だから神術使うと怒られちゃうかなー?」

「神様はそんな狭量(きょうりょう)じゃないでしょ」

「あらあら、スズも言うようになったわねー」


 楽しそうにクックック、と(ふく)み笑いを上げ、『先生』はスズの頭をこねくり回したのだった。




「ここ……なのぉ?」

「ここ……の、(はず)、だけど……」


 ミノリが旅人から()いたと言う場所に到着した三人は、真ん中を街道(かいどう)()っ切っている見晴(みは)らしの良い原っぱを前に立ち止まり、困惑(こんわく)していた。ちらほらと点在(てんざい)している大きな岩が存在感(そんざいかん)誇示(こじ)しているが、同じく存在感の大きなリュージの姿(すがた)は無い。


「デカいからすぐに見つかる筈のリュージの姿が見えないわね……」

「うーん……? 怪我をしてるから(かく)れてるのかな……?」

「有り()る」


 三人はキョロキョロと(あた)りを見回(みまわ)すものの、何処(どこ)にも人の気配(けはい)が無い。リュージの身体は人並(ひとな)(はず)れて大きい(ため)意図(いと)して隠れたりしなければ見つかる筈である。


「『先生』、音とか拾える? リュージ兄が居る場所とか分からない?」

「あー……、そうねえ、ちょっと待って」


 ミノリの(たの)みに、『先生』は長い耳の後ろに手を当て、目を閉じた。彼女はエルフである為、音に人一倍敏感(びんかん)なのである。


 恩師が目を閉じたことを確認すると、ミノリはスズと目を合わせ、(うなず)き合った。


 そして――一瞬で背中(せなか)()した二振りの魔剣(まけん)、〈ペイル(貫け)〉と〈ヤーダ(抗え)〉を引き()き、彼女の『先生』――エメラダへと肉薄(にくはく)したのだった。


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ