第一四七話「布石は随分前に打っておいたのである」
※今回は § 以降が三人称視点です。
ザルツシュタットに最も近い東の町ザートに到着したものの、未だエメラダどころか邪術師たちの影は無い。
しかし俺たちも町を戦場にするつもりは無いので、町への用事は俺を除く隊員が水と食糧の補給を行うだけに留めた。基本は野宿なのである。
「補充完了です」
「よし、早々に出発するぞ。夜までに町からは離れておきたい」
今回補充を担当した二人の隊員の報告を受け、ヨーゼフ隊長がすぐに出発の命令を出した。このまま進めば、明日の昼にはザルツシュタットに到着するが――
「明日は予定通り、ザルツシュタットの手前で停止し、二チームに分かれて作戦行動を行う。捜索チームは町に入って防衛隊に協力を仰ぎ邪術師エメラダを捜索、もう片方のチームは戦闘準備を整える」
隊長の言葉に、隊員たちは各々敬礼と共に了解の旨を返す。明日はザルツシュタットか、旅もあっという間だったな。
しかし――
「隊長、そのことなのですが」
「どうした、リュージ」
俺は全隊員の前で手を挙げ、一つの案を説明して聞かせた。その為の布石については、出立よりも前に打ってあるのだ。
「……成程、そんな事をしていたのか。ならば捜索チームの動きが変わるな。防衛隊の詰所で、リュージの妹を呼べばいいんだな?」
隊長は少し考えていたが、闇雲に探すよりも有効だと理解してくれたようだ。それに、このままでは街中でエメラダを見つけたとしても連れ出す手段が無いのだ。だったら妹たちを頼りにした方が良いだろう。
「はい、ミノリとスズです。恐らくですが、エメラダならばそう動くでしょう。……ですが相手はエルフです。内緒話は筒抜けになりますので、くれぐれも慎重に」
「そうだな。……と言うことだ。詳しいことは今日の夜伝えるが、皆も心しておいてくれ」
隊員たちは再び敬礼を取り、一先ずこの場は出発となった。
さて、吉と出るか、凶と出るか。
§
「ごめん『先生』! 遅くなっちゃった!」
荷車を引いてザルツシュタットの冒険者ギルド前に到着したミノリとスズは、開口一番自分たちを待っていた恩師に対して頭を下げる事になった。
「二人とも、遅い! 人を呼んでおいて待たせるなんて、そんな悪い子に育てた覚えはありませんっ!」
「いひゃいいひゃい、へんへえいひゃい」
「いひゃいー」
恩師に頬をつねられ、仲良く涙目になる姉妹である。しかし、つねっている本人はと言うと笑っているのだが。
「なんてね、私もそんなに待ってないわよ。いきなりスズに〈念話〉で呼び出された時は驚いたけど」
パッと手を離してそう言ってのけた『先生』に、ミノリが頬を擦りながら同時に膨らませる。
「えー、じゃああたしたち、つねられ損じゃーん!」
「『先生』、ひどい」
「遅れたのは事実でしょー? で、用は何だっけ? リュージが帰って来たんだっけ?」
抗議をさらりと躱しながら、『先生』は本題を尋ねた。ミノリは一瞬だけ納得いかないような表情を浮かべたものの、すぐに自分が引いている荷車を振り返って見た。
「リュージ兄が町の近くまで来てるみたいだけど、町を目前にして熊と遭遇したんだって。撃退はしたんだけど怪我をしてるって、そこを通り掛かったらしい旅人さんが教えてくれたんだ」
「あらま、流石はリュージ、不幸体質と言うか、悪運が強いと言うか」
何かにつけ運の悪い教え子に、呆れた『先生』は肩を落として脱力した。過去、彼女と旅をしている間にも色々と貧乏くじを引いていたのはリュージなのである。
「でも、そしたらどうして私が呼ばれたのかしら? 熊は撃退したのよね?」
首を捻る『先生』に、スズは「そこじゃない」とかぶりを振って応える。彼女等は熊の撃退について助力して欲しいと言っている訳では無いのだ。
「スズ、回復魔術得意じゃない。『先生』、元神官だから神術使えるでしょ」
「ああ……、なるほど……。とは言え、元だから神術使うと怒られちゃうかなー?」
「神様はそんな狭量じゃないでしょ」
「あらあら、スズも言うようになったわねー」
楽しそうにクックック、と含み笑いを上げ、『先生』はスズの頭をこねくり回したのだった。
「ここ……なのぉ?」
「ここ……の、筈、だけど……」
ミノリが旅人から訊いたと言う場所に到着した三人は、真ん中を街道が突っ切っている見晴らしの良い原っぱを前に立ち止まり、困惑していた。ちらほらと点在している大きな岩が存在感を誇示しているが、同じく存在感の大きなリュージの姿は無い。
「デカいからすぐに見つかる筈のリュージの姿が見えないわね……」
「うーん……? 怪我をしてるから隠れてるのかな……?」
「有り得る」
三人はキョロキョロと辺りを見回すものの、何処にも人の気配が無い。リュージの身体は人並み外れて大きい為、意図して隠れたりしなければ見つかる筈である。
「『先生』、音とか拾える? リュージ兄が居る場所とか分からない?」
「あー……、そうねえ、ちょっと待って」
ミノリの頼みに、『先生』は長い耳の後ろに手を当て、目を閉じた。彼女はエルフである為、音に人一倍敏感なのである。
恩師が目を閉じたことを確認すると、ミノリはスズと目を合わせ、頷き合った。
そして――一瞬で背中に差した二振りの魔剣、〈ペイル〉と〈ヤーダ〉を引き抜き、彼女の『先生』――エメラダへと肉薄したのだった。
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