第一四六話「やり切れない想いを抱えて」
※リュージの視点に戻ります。
シュノール宰相閣下よりお譲り頂けた〈ヘイムン草〉を元に急ピッチで〈大金剛の魔石〉を作り出し、部隊への配布も済んだ。
また、これは俺の分だけにはなるが、他にもレーネが考え出した素材で新しい〈練魔石〉も作り出したので腰に忍ばせておく。いざという時使えるようにしておかねばな。
そうして数日後、準備も整ったので、俺はバイシュタイン王国の特殊部隊に加わりザルツシュタットを目指すことになった。と言うか、俺がメインと言うか、釣り餌なんだがな。
「気を付けてね」
いよいよ出立となり、城門内で抱き締めたレーネに言われ、俺は身体を離してから無言で頷いた。それにしても、心無しかレーネの腹が少し膨らんできているような気がするな。
「ああ、レーネも、無理をするなよ。きちんとメイドさんたちの言う事に従うんだぞ。それから――」
「リュージさん? 口うるさい男性は嫌われましてよ?」
「うぐっ……」
レーネのことを思って言ったつもりが、王女殿下に笑顔で釘を刺されてしまった。当の妻はと言うと大して気にしていないようで苦笑いしているが。
「リュージさん、貴方を喪う事は国家としても大きな損失となります。くれぐれも油断をされませぬよう」
「はい、承知いたしました」
俺に対する宰相閣下の評価が適正なものかは兎も角として、俺も死ぬつもりは無い。レーネの為にも産まれてくる子の為にも、何としても生き延びねば。
あとは、エメラダの事だ。彼女を説得出来るかどうか。出来ねば――
「……これで、叩っ斬るだけだ」
俺は珍しく腰に提げた剣の柄に触れ、そう呟いたのだった。
対エメラダの特殊部隊は一二名の男女混合で編成されており、ザルツシュタットへの旅路は徒歩となった。まあ、俺は馬に乗れないので助かった感はある。
部隊長はヨーゼフという二〇代後半位の男で、鋭い目つきが見る者を萎縮させる。一度話したことはあるが、論理的な思考を持っていて不要なことを話さない典型的なインテリ軍人といった感じだ。
「リュージ、ちょっと良いだろうか」
とか歩きながら考えていたら、珍しくそのヨーゼフ隊長に話しかけられた。相変わらず無表情で何を考えているか分からないが。
「何でしょうか、隊長」
「リュージは幾度も邪術師と事を構えたことがあると聞くが、我々は交戦の経験が無い。邪術師のことを教えて欲しいのだが」
「ああ、成程、分かりました。とは言え、事前にお伝えはしていると思いますが」
「それでもだ。報告書の内容を読むよりは実際に交戦した者から聞くことが一番だろう」
隊長は真剣な様子でそう懇願してきた。部下を預かる者として万全の態勢で臨みたいのだろうな。まあ、それは理解出来るし旅は長いので話しておくか。
「先ず、彼奴等の最大の特徴として金色の触手を繰り出してきます。これはそれなりに強力で、人の肉ならば易々と貫きます。戦いに入る前に皆さんは〈大金剛の魔石〉の使用開始を忘れないようにしてください」
俺の説明を、近くを歩く他の四名も真剣に聞いている。誰もが邪術師との戦いは未経験なのだ。俺の経験談は非常に貴重なのだろう。
「不思議に思っていたのですが、〈大金剛の魔石〉は使用しないと効果が無いのですか? 〈金剛の魔石〉は持っているだけで良かったような……」
「〈大金剛の魔石〉は〈金剛の魔石〉のように持っているだけで効果を発揮する持続型ではなく、魔力を籠めないと効果を発揮しない発動型の魔石です。それ故に奇襲には弱いので注意が必要ですね。その分、効果は比較にならない程強力ですが」
「へぇぇ……」
女性兵士の一人の質問に答えると、彼女は感心したように手の中の魔石を見つめていた。そうか、魔石のタイプの違いなんて付与術師じゃないと知らないよな。後で他の人にも伝えておかねば。
「次に針、ですね。事前に解毒剤をお配りしておいたのでもうお飲みになっているとは思いますが、奴等は〈魔晶〉と呼ばれる毒を含む針を刺すことによって対象を魔物に変えます。我々には効かなくなっていますが、近くの動物などを魔物に変えられると厄介ですね」
俺たちはレーネの作った解毒剤を飲んでいる為、暫くは〈魔晶〉を受け付けない身体になっている。
だが、近くを通った動物などが変えられる事までは防ぎようが無い。そうなったらもう、各々対応するしか無いだろう。
「後は……錬金銃、ですか。何故かエメラダは刻印魔術で所有者が管理されている筈の錬金銃を所持しています。射程範囲へ飛び込む前に〈大金剛の魔石〉を使用しなければ危険です」
「錬金銃か……」
それまで黙っていた隊長が苦々しい表情を浮かべ呟いた。錬金銃に何か思うところでも有るのだろうか。
そう尋ねてみると、隊長は大きな溜息を吐いた。心底やり切れないと言った感じで。
「実はな、リュージ。先日、その錬金銃を密造していたフルシュの鍛冶職人を洗い出し、工房へ突入したんだよ」
フルシュ、と言うとこの先にある町だな。王都に程近いそんな所で邪教徒と取引していた職人が居たのか。
「……そんな事があったんですか」
「敢えてリュージには伝えていないんだろう」
伝えていない? そう言えば、そんな事があれば陛下や宰相閣下から聞いていただろうし、何故俺たちには伝えられなかったのだろう?
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。隊長はもう一度深い溜息を吐いた。
「家族ごとな、惨殺されていたんだよ。恐らくだが、邪術師の口封じだろうな」
「………………」
俺は返す言葉も無く、押し黙る他無かった。
俺たちに伝えられなかった理由は、恐らくレーネの為だろう。身重の妻に重責を背負って欲しくは無いと言う陛下の御心に感謝しなければ。
その職人は何故邪教徒に手を貸したのか。金の為か、それとも家族を人質に取られたのか。
今となっては分からない。分からないが――
「やり切れませんね」
「全くだな」
俺に同意するように、隊長を始めとする他の五人も頷いたのだった。
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