第一四五話「幕間:リュージの居ないザルツシュタット」
※三人称視点です。
リュージたちが〈ヘイムン草〉を手に入れてから暫く経った頃、ザルツシュタットでは死者を悼む細やかな祭りが行われていた。
防衛側であるザルツシュタット側に死者は殆ど居ないが、それでも最初の偽装船に乗っていた軍人に殺された船乗りなどゼロでは無いし、侵攻側のゴルトモントは港近くで多くの犠牲者を出している。彼等町の人々にとっては等しく戦争の被害者なのである。
「………………」
「………………」
祭りの最中、ミノリとスズの姉妹は桟橋の端に座り、何も言わず水平線の向こうを眺めていた。中天に昇っている太陽が俯く彼女等の顔に自然と影を作っており、全く元気の無い様子を物語っている。
「……リュージ兄も、レーネも、戻ってこないね」
「ん」
ミノリの呟きに、スズもか細い声で応えた。彼女等の兄夫妻が姿を消して、既に一ヶ月半も経っているのである。状況から考えれば無事では無いことが分かるのだが、二人はそれを認められずに居た。
「ベルもアイも助かったけど、犯人は一体誰なんだろう。一体誰が、あんな事を――」
「………………」
ギリリ、と歯軋りの音を立てながらミノリが漏らした言葉に、スズはただ黙って耳を傾けていた。ここで話していても解決する問題でも無いのだが、彼女等には手掛かりが無かった。
そんな二人の居る桟橋が、ギシッ、ギシッと揺れ始める。数秒間揺れ続けた後、姉妹の後ろに、兵士を伴った中年男性が現れた。
「此処に居たのか」
近衛騎士団長であり、この戦争でザルツシュタットの防衛隊の隊長を務めているゴットハルト・フォン・ホフマンは、憔悴した姉妹の様子を見て顔を曇らせていた。
「……ホフマン公爵閣下?」
「何か用、ですか」
「何か用、とは御挨拶だな」
腐っている二人の態度に、ゴットハルトは苦笑を浮かべた。公爵相手の態度としては些か問題ではあるのだが、特に彼が問題視する訳でも無く、今の姉妹ならば仕方無いと割り切っていた。
「二人とも、手紙だ」
「手紙……?」
目の前に差し出された封の切られていない手紙を受け取ったミノリは、スズと顔を見合わせた。何故に騎士団長であり公爵であるゴットハルトが郵便屋の真似事をしているのか理解出来なかった為である。
ゴットハルトはそのまま兵を伴い去って行き、残された二人は仕方無く封を切り、手紙を広げた。
「……えっ」
二人は同時に声を上げた。そこには――
ミノリ、スズ、連絡が遅くなってすまない。
俺もレーネも無事だ。だが、今は居場所を伝えることは出来ない。
俺だけは近々ザルツシュタットに戻る予定だ。ベルとアイにも伝えておいて欲しい。
頼んだぞ。
リュージ
「……生きてた」
ミノリは手紙を読みながら、知らず涙を流していた。今回ばかりは状況が状況だけに、無事では無いと思っていた為だ。
「ん、生きてた」
感情の乏しいスズも、声を震わせながら頷いた。図太い性格の彼女だが、兄を喪う事は何よりも耐え難い事だったのである。
「……あれ、ミノリ姉。手紙に二枚目がある」
「え? あ、ホントだ」
封筒の中に別の小さな便箋がある事に気付いたスズが指摘し、慌ててミノリが取り出した。
二人はこれ以上の内容が有るのかと思いながら次の紙に目を走らせていたが、段々とその表情が険しくなっていった。
「……これって――」
ミノリがわなわなと肩をふるわせ始めたその時、再び桟橋が揺れ始め、二人はハッとそちらの方を見やった。
「ああ、やっぱり! ミノリに、スズじゃない!」
「…………『先生』?」
二人の目の前に居るそのエルフは、紛れも無く彼女等が七年前まで生きる術を叩き込んでくれた人物であり、姉妹は揃って息を飲んでいた。
ミノリは一瞬だけ手紙に目をやった後、スズにそれを押し付けてから立ち上がり、『先生』の方へと駆け寄った。
「『先生』、お久しぶりです!」
「わわっと!? も、もう!」
ミノリは満面の笑顔を作り、彼女等の恩師に抱き付いた。『先生』は一瞬だけよろめき、頬を膨らませて抗議の声を上げる。
「『先生』、久しぶり」
「スズも、でっかくなったわねぇ……。私と別れた頃はまだ、こーんなに小さかったのに」
「そこまでじゃない。もうちょっと大きかった」
ミノリたちが揉み合っていたいる内に手紙を片付け立ち上がったスズに、『先生』が自分の腰あたりに手をやって言ったものの、末妹は心外だとばかりにかぶりを振って応えた。
「ところで、リュージを知らない? この間会ったっきりだったんだけど、お嫁さんを見せてくれるって約束してたのよねぇ」
小さく溜息を吐き嘆く『先生』に、ミノリは何の疑いも無く驚いたような表情を浮かべた。
「『先生』、リュージ兄に逢ってたんですね。ちょっと今遠出しているんですが、もうすぐ戻りますよ!」
「ん、もうすぐ戻る」
久々に恩師と出会えて喜びを露わにする姉妹を眺めながら、エメラダは一人声を落とし、二人に聞こえないように呟いた。
「そっか、それは楽しみね」
次回は明日の21:37に投稿いたします!