第一四二話「過保護は駄目らしい、難しい」
「成程な、〈ブラックスワン〉の一員だったか。確かに、エルフの神官が居たかも知れんな」
ヴォルフさんから話を聞き終えた俺は城に戻り、その内容を陛下へ詳らかに報告していた。陛下は過去の記憶を辿っておられるのか、顎に手を当てて考え込んでおられた。
「〈ブラックスワン〉をご存知なのですか?」
「まあな。彼奴等はスタンピードを未然に防止したりと色々活躍をしておった故、余から直々に褒美を取らせたことがある。パーティメンバーが二人死亡した話は聞いておったが、それがベルトラム元侯爵の子等であり、邪術師アデリナとフェロンとはな」
陛下は複雑そうな表情を浮かべておられた。そう言えば、陛下はベルトラム元侯爵を叙爵処分にしているのでその辺りの事情はご存知なのか。でもその原因までは追えておられなかったらしい。
「しかし、エメラダはその事件が切欠で権力を持つ者に恨みを持つようになったと言う事なのか。だとすれば、色々と辻褄が合うことがあるな」
「と、仰いますと?」
「ベルトラム元侯爵の叙爵後、かの領地はシュトラウス元侯爵領となっているのだ」
「シュトラウス元侯爵領……ああ、そういう事ですか」
……成程。スタンピードの被害を受けたあの地か。ヴォルフさんの話では領民たちもベルトラム元侯爵を恐れ、アーベルさんを助けることは無かったと言っていた。あの地の人々に恨みがあったと考えれば、スタンピードを起こしたことも納得出来る。共感は出来ないが。
ちなみに昨年のスタンピードの後シュトラウス元侯爵の館を捜索した際、邪術師との繋がりを示す証拠が見つかっている。その為に故シュトラウス元侯爵も叙爵されていると言う訳で、現在はメッサーシュミット侯爵が治めているそうだ。
「メッサーシュミット侯爵は、その……大丈夫でしょうか?」
俺は遠慮がちにそう尋ねてみた。領民からしてみれば二人続けて領主がお家取り潰しとなった訳である。気が気じゃ無いんじゃないだろうか。
「彼奴はオッペルの元腹心で、中々の切れ者だ。スタンピードの発生には目を光らせておるようであるし、復興に向けた動きも早く領民からの信頼も厚いようだ」
俺の心配に、陛下は苦笑を浮かべそうお答えになった。そうか、エルマーの後釜であるオッペル・フォン・シュノール公爵の腹心だったのか。シュノール宰相は昨日態々俺の所まで御挨拶に来て頂けた程に礼儀正しい御方だった。俺が喋ると鼻を摘まんでいたエルマーとは大違いで感動してしまったものだ。
「……話を戻しますが、エメラダに対しては今後どのように動きましょう?」
今はこうして王城に匿われている訳だが、ザルツシュタットに帰るには途中で待ち受けているであろうエメラダへの対処が必要となる。説得が出来ねば決戦は免れ得ないだろうが、説得材料が無い。
「ベルトラム元侯爵の首を差し出した所で納得はせんだろう。まあもっとも、彼奴は既に土の中だが」
真顔でそう仰る陛下である。もう死んでいるのか。処刑されたのだろうが、敢えては聞くまい。
「……正直な所、権力への恨みで動いているエメラダを止める手立てが思いつかないですね」
俺は「降参です」、とばかりに諸手を挙げてそう宣言した。現時点でエメラダの説得材料としてはレーネ位しか居ないが、今の彼女を戦場まで連れて行く訳にはいかない。
「仕方が有るまい。良い案を考えつくまでに対エメラダの部隊も編成するように命じておく故、リュージには決戦前に〈大金剛の魔石〉を揃えて欲しい」
「〈大金剛の魔石〉、ですか……」
「なんだ、そんな顔をしてからに。何ぞ問題でもあるのか?」
話が一区切りつき、陛下からそう命じられた俺は思わず難しい顔を露わにしてしまい、陛下が目を丸くしておられた。あれは素材作りにレーネの力が必要になるのである。あまり今のレーネに仕事をして欲しくは無い。
その事を話してみたのだが、陛下は楽しそうに含み笑いを始めた。え、何か可笑しい所があっただろうか。
「リュージよ、心配なのは分かるのだがな、妊婦であっても普通に仕事をさせねば逆に身体を壊してしまうのだぞ」
「そ、そういうものですか」
う、うーむ。つまり過保護でも駄目だと言うのか。難しいな。
「其方等は妊娠にも全く気付いていなかったようだしな、城下の産婆を呼んでおく故、先ずはレーネと二人で出産までのことを色々と勉強しておくがよい」
「……御厚情痛み入ります」
俺はなんとなく恥ずかしくなってしまい、縮こまってしまったのだった。
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