第一四一話「そんな理不尽、許されるべきでは無いんだ」
「……以上が、この国と、ゴルトモント王国で邪術師エメラダが起こしている騒乱です。分かる範囲でしか、ありませんが」
「………………」
俺の話を聞き終えたヴォルフさんは、目を閉じ、ソファに背中を預け天井を仰いでいた。
「……それは、本当の事なんだよな?」
「こんな悪趣味な嘘は吐けません」
右手で顔を覆っているヴォルフさんの質問に、俺は淡々と答えた。気持ちは分かる。厳しくはあったがあんなに優しかった人が豹変したのだから。
一分程沈黙が流れた後、ヴォルフさんはようやく顔を起こし、俺の方へと向き直った。語る前と違い、随分と疲れた表情を浮かべている。
「つまり、お前さんは何故アイツが邪術師に堕ちてしまったのか、その原因を探っていると言う事か?」
「はい。犯した罪は消えませんが、彼女に踏み止まって貰うことは出来ないかと思い、お話を伺いに来た次第です」
全てを理解したヴォルフさんの言葉に、俺はそう答え頷く。エメラダが何に絶望し、邪術師への道を選んだのか。この人が知っていればいいのだが。
ヴォルフさんは大きな溜息を吐き、彼から見て左側の壁の方を見た。俺も釣られてその視線を追うと、其処には一振りの変哲も無いロングソードが飾られていた。
「……あれはな、エメラダの居た第一等パーティ、〈ブラックスワン〉のリーダーだったアーベルという男が持っていた剣だ。アイツの遺品で、俺が奴から取り返せたのはこれだけだった」
ぽつぽつと語り始めたヴォルフさんだったが――『遺品』に、『奴』?
「……『奴』、とは? それに、『遺品』と言うことは、そのアーベルという方はもう亡くなられているんですか?」
エメラダが元第一等冒険者パーティだったことは、そんな予想もしていたので大した驚きでは無かったが……この口振りからすると、パーティが崩壊でもしたのだろうか。
俺の質問に、ヴォルフさんは腕を組んで目を閉じ、小さく頷いた。
「それを話すとなると、まずは〈ブラックスワン〉の最期から語らねばならんな」
ヴォルフさん曰く、第一等パーティ〈ブラックスワン〉は戦士であるアーベルと神官であるエメラダの他に、魔術師二人のパーティだったそうだ。
「随分とバランスの悪いパーティですね」
俺は率直な感想を口にしていた。比率としてこれだけ魔術師や神官に偏っているパーティというのは珍しい。それにダンジョンで罠などを検知する野伏も居ないのか。どうやって第一等まで上り詰めたのだろう。
「魔術師と言っても、普通に近接戦が出来るタイプだったってのもあるな。それに、基本的にダンジョンなどには行かないパーティだった。野伏も居なかったのはそういう事だ」
俺の疑問は質問する前に氷解された。成程、その魔術師は俺と同じく戦える魔術師だったと言う訳か。
「……その魔術師だが、姉のアデリナ、弟のフェロンと言う姉弟だったんだよ」
「なっ――」
俺は思い掛けない名前の登場に、言葉を失った。アデリナに、フェロンだって?
「多分だが、さっきの話を聞いていてその姉弟と同一人物、には、思えた。そして、何故その二人を眷属にしているのか、俺には心当たりがある」
「それは……?」
かつての仲間を眷属にする心当たりと言うのはどういう事なのか。俺は何時の間にか聞き入り、身を乗り出して問うていた。
「それはな、恨みだ。あの姉弟は名を変えて冒険者をやっていた貴族だったんだが、元の名はアーデルハイトとフェルディナント。ベルトラム元侯爵の子だった」
「………………」
そう言えば、フェロンは兎も角としてアデリナは随分と高貴そうな物言いをしていた。あれは元貴族であった為なのか。
しかし、恨みか。エメラダは権力者を目の敵にしている。その理由の一端がここにあると言うのか。
「ところで、ベルトラム元侯爵、でしたか。元という事は、お家取り潰しか何かがあったのですか?」
爵位というものは、その貴族が爵位に相応しい行いをしていないと判断されたりした場合取り潰されることがあると聞いたことはある。
だが、そんな事は稀だ。でなければ世に悪徳領主など蔓延っていない。貴族の数だって限りがあるのだから、滅多に取り潰しなどされないだろう。
「ああ、無実の青年、それも王都でも英雄と名高い人物を処刑した事が陛下の御耳に入ったんだよ。そしてその青年こそがアーベルだった」
「……無実、と仰いましたが、ベルトラム元侯爵の言い分としては?」
「娘と息子を誘拐し、死なせた罪、だそうだ。つまるところ、私刑だな。ええと……一一年前のことだった」
……成程、うっすらだが事情を理解した。名を変えて冒険者をやっていた貴族の姉弟が死亡し、ベルトラム元侯爵はそれをアーベルという人が原因だと決め付けた訳だな。
しかし、ここで分からないことがある。同じパーティであるエメラダには責任が行かなかったのか?
それを尋ねてみると、ヴォルフさんは分かっているとばかりに頷いた。俺の疑問も予想していたらしい。
「アーベルとエメラダは恋人同士だったんだが、その事故の後アーベルが一方的に別れを告げたんだ。そしてエメラダが失意のまま旅に出た後に、アーベルは処刑されたんだよ」
「……無実とは言え、一人で罪を被ったんですね」
「そうだ」
ヴォルフさんは重々しく頷いた。そういう事か。エメラダは俺たちとの旅の後にアーベルさんの死を知り、絶望したんだろう。
俺は再び壁の剣を見上げた。鈍色の剣は静かに俺たちの話を聞いているだけだったが、何を思っているのか。
「俺は随分とアイツ等を可愛がってやったが、最後はアーベルを護ってやれなかった。そりゃ、冒険者は何時死ぬか分からねぇ職業だが、それでも人の手による理不尽な死なんて、許される訳が無いんだよ」
静かな怒りの籠められたその言葉に、俺は剣を見つめたまま、何も言い返すことが出来なかった。
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