03_40_第一四〇話「彼女の過去を知るために」
翌日、〈練魔石〉の製造技術を伝えるべく城の魔石工房へ向かい、王宮錬金術師と王宮付与術師に対して説明を行った。俺に錬金術の知識は無いため、錬金術師の方にはレーネから預かったレシピの一部を渡すのみになったが。
王宮付与術師の方は俺より一〇歳位上のおっさんで、最初は「こんな若造に教わる事なんて無ぇ」という態度が見え見えだったのだが、作業を進めるにつれ顔が強張っていき、羨望と嫉妬が入り交じった表情で睨まれ続けることになってしまった。やり辛いったらありゃしない。
午前中にその仕事を終わらせ陛下へ報告に行ったら「後は任せておけ」とだけ申し伝えられた。これで上手く戦争が終われば良いのだが。
さて、そう言う訳で午後は城下町へと繰り出し、冒険者ギルドへとやって来た。勿論、エメラダの過去を調べることが目的である。
「ザルツシュタット所属、第三等の付与術師、リュージと言います。一三年くらい前の冒険者たちを知っている職員が居れば話を聞きたいのですが」
俺は真っ直ぐ受付に向かい、先ずは若い女性職員にそう頼んでみたが、怪訝な表情をされてしまった。
「ええと……申し訳御座いませんが、冒険者の情報についてはプライバシーの関係でお教えすることが出来ません」
「……まあ、そうなるよな」
俺は予想通りの反応に肩を竦めた。他所の町の冒険者が過去の人物とは言えプライバシーを教えろと言ってきたのである。職員の反応としては合格だ。
だが、予想はしていたので対処方法は用意してある。俺は懐から一本の短剣を鞘ごと取り出し、無言でカウンターの上に置いた。
「これは……っ、し、失礼いたしました! 只今分かる者をお呼びしますので、此方へ!」
「有難う」
陛下よりお預かりしている王家の紋章入り短剣を懐へ戻し、俺は泡を食っている女性職員が指し示した奥の扉へ向かった。
「おう、待たせたな。陛下からの遣いなんだって?」
通された部屋で待っていたら、俺程では無いがデカい身体の男が入ってきた。年の頃は五〇歳後半位だろうか、白髪を後ろに撫で付けていて左頬に大きな傷痕がある。元戦士だろうか、筋骨隆々の身体は未だに鍛えていそうではある。
「ザルツシュタット所属、第三等の付与術師、リュージです。お忙しい所を申し訳ないですが、昔ここに所属していた冒険者のことを調査しており、話を伺いたく」
俺は立ち上がりそう挨拶してから、取り敢えず握手をしておいた。時間を割いて貰っているのだし、横柄な態度は取れない。取るつもりも無いが。
「なんだ、デカい図体していながら礼儀正しいな。ラウディンガー冒険者ギルド、ギルドマスターのヴォルフだ、宜しくな」
ゴツゴツした手でしっかりと右手を握り返された。やはり剣か何かを振るって鍛えていそうな手だな。
俺はテーブルを挟んでヴォルフさんの向かいに座り、早速本題に入ることにしてエメラダのことを尋ねてみた。
「エメラダか……、懐かしい名前だな。お前さんはアイツと何か関係が有るのか? それとも只、陛下からの命令ってだけか?」
ヴォルフさんには何処か値踏みするような瞳で見られている。王家の紋章を見せたことは伝えられているだろうが、教えるに値するか確認しているのかも知れないな。
背筋を伸ばし、しっかりとヴォルフさんを見据える。どうしても、エメラダの過去に何があったのかを聞かねばならないし、誠意を見せなくては。
「はい。子供の頃、妹二人も纏めて面倒を見て貰った事があります。彼女には生きる術を教えて貰いました」
「……ほう、そうか。アイツ、そんな事をしてたんだな……」
ヴォルフさんは懐かしそうに目を細めている。この様子からすると、決して知り合い程度の仲では無かったように思えるな。
が、途端にその目で睨み付けられた。何と言うか、殺気では無いが物凄い圧を感じる。
「何故アイツの過去を知りたがる? 弟子の興味本位か?」
俺はヴォルフさんの眼光に臆することも無く、かぶりを振ってそれを否定した。正直、興味が無いかと言えば有るが、そういった感情抜きで彼女のことは知らなければならないのだ。
「違います、今起きているゴルトモントの侵攻、その原因を作ったのは彼女だからです」
「……なんだと?」
片眉を吊り上げ、ヴォルフさんは少々気色ばんだ様子を見せた。俺がデタラメを言っている可能性も考えているのだろうが、しっかりとそこは否定しておかねばならない。
俺はエメラダが邪術師となった事について、そしてこの国で騒乱を起こしている事についてを、ヴォルフさんへ滔々と説明し始めたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!