第一三九話「『ギフト』でもない技術が何故関係あるのかと言えば」
有難いことに、俺とレーネは王城への来賓を宿泊させる部屋に滞在させて貰っていた。本来であれば夫婦なのだし同じ部屋で寝泊まりするのが筋なのだが、レーネの体調が落ち着くまでは二人とも別室で過ごすことになった。
俺もレーネの薬でだいぶ良くはなっているものの、撃たれた左腕の傷を医者に診て貰ってから、ようやく二人で落ち着ける状態になった。
「レーネ、えーと、そのー」
ベッドの側で、俺は何と声を掛けたら良いやら困っていたが、そんな様子を見てレーネはクスクスと笑っていた。
「まさか、赤ちゃんだったとはねえ。私、そういう知識をあまり教えて貰って無かったから、そういった時の体調の変化とか、分からなかったんだよね」
「……そうなのか」
レーネは両親からあまり大事にされていなかったようだしな。俺だってガキの頃に両親を亡くしているので似たようなものだ。お互いそういう知識に乏しかったばかりに分からなかった訳か。
医者曰く、稀に妊婦、特に夫婦で種族が違う場合は妊娠初期にこうして体調を崩すことが多いらしい。それでも次第に落ち着いてくるとは言っていたので安堵している。
「しかしそうなると、身重じゃレーネはザルツシュタットまで帰れないな……。万一のことがあったらと思うと怖い」
「うーん……、ちょっと難しいかもだね。せめて産まれてからなら何とかなるけど。ベルとアイちゃん、怪我は大丈夫だったかな……」
レーネはそう呟くと、少し寂しそうな表情を浮かべた。皆が気掛かりなのは俺も同じだ。特に、ザルツシュタットは今侵攻を受けているのだから。
「兎に角、今後のことについては陛下に相談してくるよ。多分だが、レーネを置いてザルツシュタットに向かって邪術師共の相手をする事になるだろうけどな」
「そうだよね……、寂しくなるな……」
「……すまない」
俺はベッドで俯き小さくなったレーネの身体を、軽く抱き締めてやったのだった。
国王陛下は戦時と言う事もありとても多忙でいらっしゃるようだったが、俺との面会に時間を割いてくださった。
まあ、停戦条件である『ギフト』の技術を渡す渡さないについて中枢でも議論は出ているようだし、俺はこの戦争を終わらせる鍵でもある。話さない訳にもいかないのだろう。
「リュージよ、先ずはレーネの懐妊、まこと目出度いことであると祝福の言葉を贈らせて貰おう」
「は、はい、有難うございます」
と会議室で構えていたら、二人の近衛兵を連れていらっしゃった陛下に祝福されてしまい、俺は少し微妙な反応をしてしまった。一国の主から祝辞を頂くなんて光栄だと言うのに。
「……なんだ、その反応は? もしかして、身に覚えが無かったのか?」
「いやいやそれは無いです」
いきなり何を仰るんですか陛下。そんな理由だったら今頃立ち直れなくなってますよ。
「邪術師のことについてお話を頂くと思っておりました故、出端を挫かれたと言いますか……」
「はっはっは、流石にそこは礼を欠いたりせんわい。余はツェツィ一人しか子が居らんからな、更に励むのだぞ」
いや励むのだぞって。もうちょっと言い方あるでしょうよ。後ろで近衛兵さんが笑いを堪えていますよ?
「まあ、余も多忙な身ではあるからな。早速だが例の件に入らせて貰うか。邪術師の黒幕と思われる人物と逢ったそうだな?」
「……はい、俺の恩師でありレーネの姉である邪術師エメラダと、ザルツシュタット東のオルト村跡で交戦しました。……と言っても、一方的に錬金銃で撃たれただけですが」
俺は陛下の質問に、左腕を指さしながらそう答えた。あの場で咄嗟に脳天を護ったからこの怪我だけで済んだんだよなぁ。判断が遅かったらと思うとゾッとする。
「……撃たれた?」
陛下は俺の返答に些か険しい表情を浮かべていらした。何かマズい事でも言ってしまっただろうか。
「リュージよ、それはつまり、邪術師エメラダが〈セーフティ〉の施されていない錬金銃を持っていたと言うことか?」
「…………あっ」
俺はそこでやっと気付き、血の気が引いた気がした。
全ての錬金銃には刻印魔術で所有者が定められており、他の人物が使用することが出来ないように制限されている。それはレーネの持つオリジナルの錬金銃でも例外では無い。
だとしたら――
「……まさか、邪術師のために錬金銃を密造した者が居ると言うことでしょうか?」
「その可能性が高いな。錬金銃製造の技術を持つ職人は限られる筈だ。すぐに調査をしなければ、〈セーフティ〉の無い錬金銃が出回ることになる。それは避けねばならん」
陛下が近衛兵の一人に何かを伝えると、兵は部屋を出て行ってしまった。恐らく、職人の洗い出しについて命令を出されたのだろうな。
「まったく、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだが、この様子だとリュージのあの技術について口外するなど以ての外だな」
「………………」
当人であるため俺は「そうですね」とも言えず沈黙を返すしか無かった。一先ず『ギフト』の技術をゴルトモントに提供することについて陛下は全くお考えであられないようだな。
しかしそうなると、どうやってゴルトモントの侵略を止めるのかという話になる訳で、俺はシンプルにそのことについて陛下へと尋ねてみた。
「ザルツシュタットはゴットハルトが居るので心配はしておらぬが、そうだな。リュージよ。其方には〈練魔石〉の製造技術を教えて貰いたい。無論、礼はしよう」
「〈練魔石〉の技術、ですか……?」
俺は陛下の御言葉の意図を理解しかねて考えに耽った。『ギフト』と違い、あの技術は単純に錬金術で作成した素材を元にして魔石を作っているだけだ。いずれ国へ売るつもりだったので、それが早まっただけだろう。
だが、それが戦争と何の関係が――
「……まさか、陛下……?」
「そのまさかだよ」
意図を今度こそ理解した俺が顔を上げると、陛下はニヤリと悪い笑みを浮かべていらしたのだった。
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